どのようにレヴューで評されようと
どのような批判があろうと
まだ2012年は始まったばかりですが
この映画は、私の中では本年度ベスト3に入る、
それだけは間違いが無い。
当然現在ぶっちぎりのトップ1作品です。
ふざけて言っているのではない。
まごうことなき最良の映画でした。
映画を見る前から分かるような映画、
原作に寄りかかりすぎる映画、
ハリウッド的な何かでごまかす映画が
跋扈する中、
この映画はまごうことなき映画でありました。
かつて「風と共に去りぬ」や「かくも長き不在」や
「突然炎のごとく」を観た時の感動を凌駕する、
近年まれに見る映画らしい映画でありました。
ストーリーはいろいろ検索すれば出てくるでしょうから
ここでは簡潔に。
住田くん、中学3年。茶沢さん、中学3年。
どちらの家庭も、異常。しかし現代にはありうる家庭。
捨てられた子ども。生まれてきてすみませんの子ども。
住田くんにはホームレスの仲間がいた。
茶沢さんは、住田くんが好きだから必死に応援し続けた。
ろくでもない大人たちに翻弄される子ども。
しかし、ろくでもない大人たちに救われる子ども。
街には異常があふれ返っている。
まっとうに、普通に生きることが、なんと生き難いことかを
子ども達は静かに私に伝える。
やがて、自分の「罪」を償うために、彼らは歩き始める。
迷いながら、模索しながら。自らから結論を出すのでした。
先の大震災の映像を要所要所に流しながら
効果的なSEを用いながら
小手先ではない、実に映画らしい手法を使いながら
映画は映画としてそこに存在しました。
映画でなければ描き得ない世界がありました。
暴力や泥だらけや水浸しや流血など
「穢れ」をこれでもかと天こ盛る。
しかし不思議なぐらい、汚いと思えなかった。
私は普段はバイオレンス物は嫌いです。
「スマグラー」の流血には意味を感じなかった私でしたが、
この映画の流血には必然を強く感じ
かつて「黒澤映画」を見たときと同じぐらい
この「穢れ」には感動が溢れました。
人は汚れて何ぼだからです。
それを真っ向から、人の叫びと共に描いた本作は
それだけでまず大傑作でしょう。
さらに。
ここに出てくる子ども2人は、絶望に負けない。
希望は夢でしかないかもしれないが
少なくともおためごかしをする教師どもの言葉を
逆手にとることができる叡智があった。
彼ら2人の会話を耳を澄まして聴け!
今となっては大人たちすら忘れたうつくしい日本語で
自分たちの思いを簡潔に語らせていた。
一方で、罵詈雑言の応酬もあいまって、
この映画の脚本のクオリティの高さを感じました。
私はラストに近い彼ら2人の会話のシーンで
どんな哲学も畏怖の念で黙りこくるような言葉に出会い
その会話だけで涙があふれてとまりませんでした。
もうひとつ。
彼らに大人の言葉を選び分けられる能力がある事。
信じるものとそうでないものとを本能的に選び取れる力。
これが彼ら2人をして、「現代の救世主」と呼んでも
過言でないと言い切れます。
そんな若者を描ききって、現実の若者もしくは大人たちに
「がんばれ!」をかくも痛々しく伝えた園監督に
敬意を表します。
虚しさではなく。
かといって、明るさなどではまるでなく。
おのれを見つめよ、と教訓染みているわけでも無論なく。
しかし、全てを許容して、すべてを非難して、
突き放し、乾いた視点でこの映画は
私の胸に届きました。
「がんばれ!」と叫ぶ茶沢さんに
「うん、がんばれ!」などと応じる事のできない
謹厳な事実がそこにはありました。
ヒミズ、とは、日の目を見ないモグラの事だそうです。
私たち人類は全てヒミズなのかもしれない。
私が、観終わって、一時思考停止になり
その後決意した気持ちが
彼らと共に歩く事だけだ、と思い知りました。