2017年11月19日

こまつ座 きらめく星座 紀伊國屋サザンシアター

久しぶりに笑いながら泣きました。
素晴らしい舞台でした。

ずっと見ながらてっきり終戦前夜の話かと
思っていたら、途中あれ?となって
そうか、これは戦争前夜12.8までの話かと
気付きました。
山西惇さん、うまい。
秋山菜津美さん最高。
オデヲン堂主人の久保酎吉さんも
居候の宮澤賢治を感じさせる竹山の木場勝己さん、
みんなうまい。
その後演技力に引き込まれつつ
やはり井上ひさしさんの台本の凄さを
実感させられる舞台でした。

竹山のセリフの宇宙の中の地球、
地球に住む人類、全てが奇跡だという
今や臭すぎるような言葉渦に飲み込まれ
涙が出ました。
そしてラストの、後妻ふじこと秋山さんが歌う
「青空」の迫力に飲み込まれて
やはり涙出て止まりません。
その間ずっと笑っているのに、です。
温かな美しい一庶民達が
離れ離れにならざるを得ない時代。
そもそもが、後妻とか居候とか
本来の血族ではない人々が
戦争を鼻で笑ってたくましく生きていた、
その事実にまた涙してしまいます。
笑って笑って生き抜いた健気な庶民を
戦争はいとも簡単に打ち砕く。

戦争の愚かしさ
戦争の大義を信じ裏切られ神経をやむ
傷痍軍人の源さんこと山西惇さんの姿、
痛烈でした。

いい舞台でした。
多くの人に見ていただきたい
井上ひさし脚本の金字塔の一つです。
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2017年11月18日

中山七里「いつまでもショパン」(宝島文庫)

ピアノについて何も知らない。
クラシックについても大して知らない。
もちろん、ショパン国際ピアノコンクールなんて
もっと知らない。
困ったもんだ。
アルカイダや、かつてのイスラム国のことなら
少しわかる。
岬洋介さんなら結構知ってる。
そのレベルで楽しく読み切りました。
つまり、レベルの高い小説っていうことです。

ショパン国際ピアノコンクールでの
テロリスト事件。
結局は国際組織とは無関係な
私怨による事件だったけど
途中までは国際事件かと
ドキドキしました。
そこは正直なーんだだった。
けれど主人公ヤンの成長記録としては
素晴らしいものがあります。
中山さんってミステリーの形や
ピアノの薀蓄を通して
実は若者の成長小説を書きたい人だと
認識致しました。
だから素人にも読めるのかな。
ピアノコンクールの壮絶さや
ある方を彷彿させる視力障害の
若者のピアノの美しさなど
いずれピアノ曲を聴いてみようと
思わせる技術は、単に薀蓄の深さではない、
書き手の想いがこちらを動かすのです。
岬や視力障害の榊場の音楽に
ヤンが動揺し嫉妬し、それによって
自己克服したように。

一気に読み切りました。
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2017年11月13日

中山七里「どこかでベートーヴェン」(宝島文庫)

夏以来の久々中山七里作品、
ドビュッシーと同じ音楽シリーズ。
岬の高校生時代の初めて?の推理は、
自分が冤罪に巻き込まれそうになっての
同級生殺人事件。
舞台は岐阜の美濃加茂地方。
モリカケ事件に似てる建築屋と行政の癒着が
メイン、その娘息子が起こす事件。
学校が土砂崩れで孤立。
そんな場所に建てるかっていう場所。
サイドストーリーとしては岬の突発性難聴。
そして岬の親父さんとの確執。

全体としては青春小説です。
担任の棚橋先生の真っ当な説話や
岬の天才を羨む周囲の学生達。
それらを俯瞰して描き、岬の親友として登場する
鷹村が中山七里さんの分身として登場。
わかりやすい青春群像で、
高校生なら読んでほしい一作になっています。

クラシックも聞いてみたくなりますね。
posted by 大ねこ at 20:08| Comment(0) | 読書の記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月12日

桑田圭祐「がらくた」ツアー 東京ドーム

念願の桑田圭祐「がらくた」ツアー
IN東京ドーム。
初日昨日で今日千秋楽、という言い方が
桑田さんらしい。
ライブ映像はくさるほど見ていますが、
生桑田さんはサザン30周年以来。
相変わらずサービス精神旺盛で
2時間半以上、楽しませていただきました。

席は最上階にほど近いものの
真っ正面だったから満足でした。

当然アルバム「がらくた」からの曲ほとんど。
けれど、「東京」や「悲しい気持ち」「波乗りジョニー」
「白い恋人達」など押さえていました。
ラストに「明日晴れるかな」は泣きます。
「明日からまた頑張ろう」の一言に
本当に涙出てきました。

喋りは上手ではないから下手な冗談連発。
それがまた人の良さをあらわしていて
ますます好きになれる。
温かい人柄が滲み出ていました。
ファルセットも生き生きしていて
まだまだ現役、本当にこちらにも
勇気をいただきました。
毎週末のツアーでラストは横アリ12月31日。
地元が羨ましい。
お身体に気をつけて頑張ってください。
「ありがとう」を連発しましたけど
こちらこそありがとうです。

生桑田圭祐さん、最高にかっこ良かったです!
posted by 大ねこ at 22:46| Comment(0) | 音楽・映画・芝居などの鑑賞 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月09日

岩波明「発達障害」(文春新書)

クラスに今や必ずいるであろう
発達障害の子。
けれども親御さんにそのことを
どのように伝えたら良いか悩むのも事実です。
我々学校側も、医師ではないので
ハッキリした確証は持てない。
ただ経験上、そして数多くの子供を見て来た体験上、
多分そうだろうという印象なので
でも多分当たっているだろう、から
伝えたい。しかし親御さんにしたら
最後通告のように聞こえてしまう、
堂々巡りで言いそびれるパターンが多いです。
その結果、学年が進むごとに
症状がハッキリ見えてくる。
その頃になると「前の学年の先生には言われてない」と
親御さんは思う訳で余計に言いづらい。
なので、親御さんの方から相談をされる時の方が
ハッキリいいやすくなるので
よければ世の保護者は発達障害を疑う時は
直接担任に言ったら動きが速いと思います。

この本では主にADHDとASD(自閉)についてです。
常同性とこだわり、そして他者との関わりに
前者は関わってうまくいかない、後者は
関わりに興味ない、そのあたりつかんでおくと
理解が早いようです。
今のクラスで軽いADHDを疑える子がいます。
もう一つLD(学習障害)を感じる子が2人。
あとは学力不振が2人。
全て男子です。
前年には完全なASDがいました。
つまりクラス30人として発達障害らしい子は
3人はいるということです。10パーセントですね。
教師の中にも当然存在する。
たまにいますね、変わった方。

大切なことは障害なので治療が必要で
治療を通して改善されるということですね。
本人も保護者も楽になるはずです。
なのに切り出しにくい日本の事情は
変える余地があります。
posted by 大ねこ at 22:00| Comment(0) | 読書の記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月04日

三浦しをん「まほろ駅前狂想曲」(文春文庫)

ああ、終わっちゃった。
多田も行天も亜沙子さんもハイシーとルルも
ヤクザの星さんも手下どもも、岡さんも
由良坊もみんな好き。
凪子さんとはるちゃんも可愛い。
たくさんの人物が織りなす人情劇。

行天の娘のはるちゃんを預かることがメイン軸。
怪しい野菜売り団体が行天の母親が入信してた
宗教団体の残党によるもので
そこと星達の絡みがサイドストーリー。
なおかつ、岡さん達のバスジャック事件と
多田と亜沙子のラブストーリーが入る
長編仕立てになっています。

全ての物語がひと段落した後に
行天が失踪し、多田の落胆が身に沁みます。
もちろんなんじゃそりゃ、というノリで
帰って来ての大団円です。

まほろ市という架空の街ですが
今日、例えば麻布十番の町を歩き
「港区のハイソに街だしね〜〜」という
嫉妬めいた思いは
歩いてみて完全払拭されました。
いい街です。
庶民感覚とホンモノと高級感が混在して
ああ、種類は違えど人の住む街だと実感。
そういうような街が全てまほろのような
気がします。
人が悲しみや過去の悔いを抱え、大半は
面倒臭さかったり鬱陶しかったり重かったり
しながら、たまに嬉しかったり満足したりして
手を取り合うような、そんな街。

これで完結という様相で終わりました。
残念です。さらにジジイになる2人を
読みたいです。
ただ困ったことに
2人の顔は瑛太と松田龍平なんだよな。
映画力、すごい。

ところで、麻布十番から見える東京タワーは
かっこ良かった。
スカイツリーは好きになれない。
posted by 大ねこ at 17:53| Comment(0) | 読書の記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月03日

文化の日に寄せて。

風邪もらいました。
喉からの鼻水。今日がピークと判断。
台風やら北朝鮮やら茶番的な選挙やら。
心が穏やかでいられる訳がない昨今。
今週号の週刊金曜日で気になる思想家の
内田樹さんがこんなこと書いています。

若い人たちは「株式会社のような制度」しか
経験したことがない。トップが方針を決めて、
下の者はただそれに従う。……従業員は

それについて意見を求められることもなく、
そもそも意見を持つ必要もない。
……構成員が民主的な討議と対話を通じて
合意形成し、組織のトップは成員から互選され、
その言動の適否についてつねに成員たちの
きびしい批判にさらされている
「民主的組織」などというものを
今どきの若い人は生まれてから一度も
見たことがないのである。

目から鱗の文章でした。

私は何故国語の専門から離れて特別活動を
しているのか、思い出したのです。
そうでした。民主主義を守りたい一心でした。
若い頃何故六年生を担任したかったかも
思い出したのです。そうでした。
歴史を教えられるのが六年生だったからです。
しかし、歴史を教える時間数や限界を感じ、
それ以外に高学年の面倒臭さに諦念、
六年生を離れるならせめて全学年に通じる
特別活動で思いを伝えようときめたのでした。

けれども日常のもろもろや
上に立つ年齢になって処理的になり
本質の伝達をすっかり忘れていました。
無論、自分自身の指導そのものにブレはなく
血肉化していますからそこはごく自然に
指導しています。
先に書いた「忘れていました」は自己批判、
実は「民主主義」という言葉を使うことに
抵抗があったのかもしれません。
いかにも政治的になり、ついてくる若者が
減るような危惧がありました。
マイナーよりメジャーを選択してきた結果、
結果的には「忘れていました」になったのでしょう。

私とて本当の民主主義闘争は知らない世代。
今六十代の方が最後のその世代でしょう。
けれども、親世代が戦争に加担した最後の世代
ではあります。
守りたい、平和ボケでいいじゃないか、
平和憲法は絶対の存在ですよ。
そもそもまだこの憲法を使い切るどころか
活かされているのは20%くらい。
活用すべき憲法ですよ。

しかし、平和ボケの弊害が内田さんの言だとも言えます。
そうだよな。推し進めるべき教育者が
こんな体たらくじゃあな、と内省中。
学級会活動はまさに内田さんいうところの
「民主的組織」作りの練習なのです。
それが、心ある教師が1〜2年継続指導したって
次の教師が破壊してしまえばつながらん。
虚しい所業を続けているわけです。
けれどもしないよりはマシ。1人でも2人でもその精神を
つなげていけば世の中は変わる、
と信じて仕事をするおめでたい奴が
多分私です。

面白いことに特別活動は
新指導要領ではキャリア教育含めずいぶん
重きを置かれるようです。
全ての教育活動の根幹となる、というような
文言も散見されます。
世界的にも特別活動は評価が高いですから
時代の流れで重要視され始めたと感じます。
しかし道徳の補完機構や就職活動の補助に
され得る危険性もかなり高いと踏んでいます。
だからこそ、今一度浮かれずに
内田さんの皮肉る言葉を心に収めて
伝えるべきことは恐れず伝えようと
この文化の日に決めたのでした。
どうせ後2年のお勤め、怖がってどーする。

だって教師も変な人倍増中ですから。
特に三十代の自己愛の強さは
なかなかですよ。
困ったもんだ。
posted by 大ねこ at 16:52| Comment(0) | 小中学校教育を考える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月25日

矢野誠一「新版 女興行師 吉本せい」(ちくま文庫)

演芸関係に大変お強い矢野先生だから購入。
客観的な視点で読みやすい。
現在、なんでしょうか、「わろてんか」という
連続テレビ小説でせいさん取り上げられて
いるようです。連ドラは
全く見ないのでよく知りませんが
きっと脚色して上手に描かれているのでしょう。

せいさんは、遊蕩の亭主がチェーン化した
吉本興業を守りきり今につなげた立役者。
大阪女らしく落語家に上手に取り入り、
どうしたら人が働く気になるか、
また、どうしたら人が演芸を金出して見にくるか、
よく分かっていたようです。
また、警察側にもコワモテ側にも政治家にも
繋がりを作っていたのも大きい。
ただ、非常にヤキモチ焼きで
息子が笠置シヅ子さんと恋愛して子までなしたのに
知らん顔していた、認めなかった、という点で
びっくりでした。
和服から洋服へと変遷したターニングポイントは、
関東大震災とのことですが、
その機に乗じて落語から漫才を重んじたのは
経営者として先見の明と言わざるを得ないです。
そこから「大阪の落語をつぶしたのは吉本」と
言われるようになったそうです。
また、政治家との交流や興行師の中でも
ヤクザ系との交流の事実を知るにつけ、
美空ひばりさんなどもそうだったと思い起こします。
今もきっとそうなんでしょうね。

そして、とうに創業者一族が途絶えた今も
「吉本」といえば、金払い悪いと芸人本人達が
会社を悪く言う風潮は残っていますね。
つまりは「せいの陣頭指揮していた時代の、
えげつないまでの大阪商法に徹した興行師の
集団なのである」がまんま残っているわけです。
さらに、吉本が強くしぶとく侮れないのは、
芸人に好きなだけ悪口言わせる上に、
スキャンダルさえも宣伝に使う巧みな商法。
横山やすし、島田紳助等々、枚挙にいとまがない。

そんな吉本ですが、私は離れています。
一時期ルミネに通いましたが、漫才の質低下に
伴いご遠慮しています。
せいぜい中川家。
サンドウィッチマンや爆笑問題、ナイツの方が
ずっと面白いし落語演芸場での
ホンキートンクやロケット団は受けます。

職業婦人としても黎明期の人だとは思うけど、
私はやはり好きではないです。
この本自体は、面白かったですよ。
posted by 大ねこ at 21:39| Comment(0) | 読書の記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月16日

「高橋優自伝」(シンコーミュージックエンタテインメント)

著者は優さん自身ではなく
語りおろし、といったところ。

優さん、ますます好きになりました。
ダウンロードで音楽を買うのは苦手で
もっぱらCD購入派です。
古い人間には多分優さんは愛されています。
非常に常識的で人の心を大切にする
打たれてきた人間だから分類すればアナログ。
今時のスマホ片手に全て分かった気になる
一般の若者とは峻別される感じがしていました。

ルーツはお婆ちゃん子。病弱で
小学低学年時にいじめを受けた。
「CANDY」、今まで避けてきた悲しいいじめの歌を
今回読んでやっと聴けるようになりました。
実話だと知ったから。
お姉さん二人、女系家族、そりゃあ優しくなる。
高学年で報復のように女子いじめをする。
中学校では生徒会長するまでに目立ちたがり屋。
高校は陸上夢潰えて自暴自棄。
さんざんやんちゃもして大学進学。
路上ライブを中心とする生活。
秋田から札幌に。
バイトの映画館では真面目に働くも
路上ライブに伴う支出の多さに
食事もまともに摂らないような日々。
卒後、アミューズの雄一さんの目にとまり、
デビューが決まる。
箭内さんのプロデュースでデビュー。
そして現在に至るまでの包み隠さない姿勢での
実生活が満載でした。

自らを「面倒臭いやつ」と言い
我こそが「Mr.Complex Man」だと言う。

以下引用。
ー今でも人に悩みを相談することはないです。
ー親しき仲にも礼儀あり、っていう言葉が大好きで、
…どんな人間関係でも、そこにはある一定の距離が
絶対必要だと思うんですよ。
ー相手が子どもでも誰でも尊敬し合える、
対等でいるっていうことが大事。
ーネガテイブがあればこその、
ポジティブシンキングになっている
気がします。

これ、私じゃん。
優さんも実は一人きりが好き。
飲み会行ってもじゃあね、と
帰ってしまうタイプ。
優さん、繰り返しモテないと言っていますが、
私がうんと若かったら絶対優さんに
心底憧れます。
だから安心してください。
きっと優さんが語っていたような
素敵な女性が現れて、幸せになって
子育ての歌作りますよ。
私、それまでずっとファンでいます。
なんの縁もゆかりもないおばさんですが
母のような恋人のような視線で応援しています。
優さんの歌で、再び若者の歌を
聴こうと思ったし、若者捨てたもんじゃないと
幸せになった一人です。

コンサートチケット取りにくくなったけど、
それだけあなたを支持してる人が増えたと
悔しがりながらも嬉しいファンです。
posted by 大ねこ at 21:52| Comment(0) | 読書の記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月14日

こんな不安な世の中で。

久しぶりに教育の話。

昨日今日と学校公開。
のべ65人の保護者がお出でになった。
出来るだけ子供達が主役になる授業と思い
図工や音楽、学級会を行いました。
どれも子供達は乗ってくれて
満足していただけたかと。
しかし、私はぐったり。
自分主導ならいわゆる指導案通りに行きやすい。
けれど、学級会のように骨子だけで
勝負する授業はどこでどう担任が出るか
腕の見せ所であり、神経を使いリスキー。

そこでふと考えたのは
待つ、という姿勢。
今日できなくてもいいじゃないか、の気持ち。
うちのクラスにまだひらがなすら読めない子がいます。
ゆっくりゆっくり成長しています。
それで良い。
私も出来ないことがいっぱい。
逆上がりが出来ない子はその鉄棒の授業の時だけ
みじめですが、字の読めない子は
毎日みじめなわけです。
その子に学習意欲だけは失ってほしくない。
とすれば、変えなくちゃいけないのは
周囲の子供達です。
いろんな子が自分の仲間。
支え支えられることを私は繰り返し語る。
字が読めないことと逆上がりが出来ないことは
たいして変わらない事実ということ。
だったら教え合えばいい。
出来ないことも丸ごと互いが認め合い
わかり合って教え合えばいい。
教師は、その姿になるまで指導し
その後は黒子に徹して待つ。

同じように学習不振で
ちょっと荒れ始めている子もいます。
今日も暴力をふるいました。
なぜ人を叩いたか原因を考える、
どうしても叩きたくなっら先生を叩こう、
先生なら大丈夫だけどお友達なら傷つけ合う、
自分の心も傷つく、だからどうしたらいいか
もう一度考えよう、と提言。
泣いて泣いて叩いた友達に謝ることができました。
それで終わり、授業に入りました。
これも性善説に基づいた「待ち」の精神です。
次に叩いたら保護者とも相談しつつ
彼の心の闇の原因を追求です。
叩いた行為は叱っても、
叩いた心は理解し共に解消のために
努力しなければならない。
それが担任の仕事です。

北朝鮮とアメリカの罵り合いや
嘘ばかりついている自民党のお偉方や
同じ穴のムジナにもかかわらず政権奪取目的の
新党党首や
神の名を利用して殺人を犯すテロリストや
安全な訳がない原発や
信じがたい大人達が仕切っている世の中で
けなげな子供達の力を私は信じたい。
あんた達も子供だったよね。
さぞや優秀なお子さんだったんでしょうね。
自分だけでてっぺんとって
楽しいんでしょうね。
もしその口先でおっしゃることが真実なら
きっと世の中はもっと住みやすくなっているはずだよね。
だから嘘つき。

こんな不安な世の中だからこそ
後2年、奉職いたします。
たくさんの夢とたくさんの仲間がいたら
人生そんなに悪いもんじゃないよって。
という私は、実はそれほど
友達はおりません。
どちらかというと1人の方が好きでーす。
だから個性的な子の気持ちもわかって
いいじゃないか。
posted by 大ねこ at 21:28| Comment(0) | 小中学校教育を考える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする