2012年01月29日

交通事故、のようなもの

本日、3月公演の「テキサス」(星野源主演)のチケットを
地元のファミマにとりに言って帰る時
横断歩道を渡った所で
右折してきた車に当てられました。
多分、お尻のあたりを、ドン!
ワゴンタイプのような結構大きめの車の
前バンパーに、ドン!
膝をつき左手をついたところ、
いててて。

ぶつかったお兄さんはすぐさま降りてきて
安否の確認してくれて
住所氏名連絡先を教えてくれました。
膝はすりむいた程度(だと思う)、
左手の人差し指が、多分少しつき指状態。
まあ、大丈夫だろうと判断。
近くにいたタクシーの運転手さんは
「後から出てくるよ。病院行った方がいいよ」と。

でもまあ、いいか、と。

災難は、あるところにあるんですな。
困ったら連絡しますが
とりあえずはいいみたいなんで。

皆様もくれぐれも交通事故、お気をつけ下さい。

気持ちがともかく、少し凹みました。
posted by 大ねこ at 19:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月28日

藤澤清造「根津権現裏」(新潮文庫)

寒い日が続きます。
今日は土曜出勤日。
朝から縦割り活動の指導、
よみきかせの会の方を迎えてのよみきかせと
親子レクリエーションタイムを経て
保護者会で締め。
まあ、無事に終わり、良かったです。
インフルエンザも減ってきて
来週はもう少しそろうかな、という感じです。

本書は、先回の芥川賞作家、西村賢太さんが
敬愛し発掘してきたいにしえの作家です。
なかなか、大正的で、文体の面白さもあって
すらすらと読めました。
解説で力説されるように確かに文は上手いです。
しかし。
内容が。
ううううーん。
いくら西村さんは面白い、と言っても
とてつもない影響を受けた、と言われても
完膚なきまでに私小説で
実にどーでもいいことを、同じ事を、
そりゃまあ確かにそれぞれの文の行間には
含みも面白味もありますが
でもなあ。結局カネ欲しいって言ってるだけだもんなぁ。
足が悪い、金がない、どうすべきか、金がない、
女も欲しい、でも金がない、才能はある、でも金はない。
その無限ループだもんなぁ。
救われないもんなぁ。

自殺した自分の友人、その原因は何か、
金がない。幸せが手が届きそうな感じがした、
でも金がない。
そいつと自分はやっぱり重なる、金がない。

あれですね、RADの「G行為」思い出しますね。
何ともならないおのれにそれでもおのれが可愛い、
男ってさあ、全く。

大正的物語は好きなんですが
文学的価値はあるかもしらんですが
貧乏物語、ご馳走様でした、って感じです。
まあ、これだけぐだぐだ言ってても
惨めったらしくはならないところは爽やかか?
救いはあるぐだぐだ感は、まあ美点ではあります。

芥川賞と言えば、今期の物議をかもしたあの方。
田中慎弥さんですか、あの方の「共喰い」も
どちらかと言うと古めかしい題材のようですが、
一度読んでみたい気もします。
似てるかな?
文壇的な何かから外れつつある私にはキツイかな?
posted by 大ねこ at 21:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書の記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月23日

山崎豊子「自作を語る【作品編】作家の使命 私の戦後」(新潮文庫)

いやあ、雪。
今日は積もりそうです。
明日の出勤が危ぶまれますが、PC見てていいのか私。
東京はすこぶる雪に弱い。
滑らずに、遅刻せずにいければいいのだが。

本書は途中でやめました。
思えば「不毛地帯」も「大地の子」も「二つの祖国」も
未読でありました。
「沈まぬ太陽」「華麗なる一族」「仮想集団」「花のれん」
そしてずっと昔に「白い巨塔」だけしか読んでいませんでした。
したがって本書の後半はやめました。
これを機に、古本屋で未読の本を見つけたら
購入して買うことにします。
ただ、山崎さんのは長いので
他の読みたい本が読めなくなるので
読み始めるのが大決心です。

山崎作品は「盗作疑惑」がついて回るらしいのですが
それは女史が綿密すぎる取材をしすぎて
忠実に再現してしまう事と、
いまひとつは、内容が内容だけに、
「嫌われる側」に立ってしまうことが原因だろうと思います。
「そこまで書きやがって」と臍を噛む人が
大勢いるのでしょう。誹謗中傷はむしろ勲章と
言わずばなりません。
女史は、しかし、嫌われてなんぼと
思っていらっしゃるふしが多々この本からも
うかがい知る事ができまして
なかなか太っ腹な方だと思います。

けれども女史は、あくまで中立にいたいようで、
「仮想集団」などは左翼系の労音からも嫌われ
体制側の音楽組合からも嫌われた経緯を赤裸々に語っています。
思えばここまで毒々しい人間たちを描いて成功している人は
何人もいないことでしょう。
浅田さんは浪花節的ですし、司馬さんは捻じ曲げも結構あるし、
確かに女史の敬愛する石川達三さんや井上靖さんら
往年の社会派以外に、ここまで「現実」を「現実」として
描く作家は珍しいと言えます。
何かを糾弾すると言うより、事実を見据えてそこから
読み手が進むべき道を自分で選んで欲しいと
問題提起のみをなさっている作家ともいえましょう。

そこには、いくばくかの空虚感は
否めませんけれど。

人、山崎豊子はおそらく温かい方でしょう。
作家、山崎豊子は、かなりの厳しさだと思います。

ジャーナリストとしても生きた10年があるから
マスコミに左右されず「断固として自分のペースを守る」
といった直木賞受賞の1958年に語った事を
今も貫いておられる事に敬意を表します。

うそを付かない作家と言ってもいいかもしれません。
カッコいいです。
posted by 大ねこ at 23:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書の記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月22日

十一ぴきのネコ(紀伊國屋ホール)

紀伊國屋ホール「十一ぴきのネコ」見てきました。
井上作品であり、北村和夫さんの息子の有起哉さんにひかれて選びました。

ストーリーはいたって簡単、腹ぺこノラネコ10ぴきが、夢も希望もなく、人のせいにして投げやり、自堕落になっているところへ、ニャン太郎参上。
大きな魚目指して湖へ出発。「みんなの力」を合わせて見事ゲット。腹一杯になり、その湖の辺りをネコの共和国を建設。
残り5分で大転換があり、そこに夢を現実に引き戻す装置があり、井上作品ならではのどんでん返しに、結末に、私達は拍手すら忘れてしまう感動を知るのです。
井上作品のもうひとつの真骨頂である言葉遊びも、この作品が、本来こども向けということと相まって、わかりやすい言葉のいいまわしなので、誰でも笑えます。

井上さんが終生こだわった、人の繋がり、民主主義への渇望、ユートピアの実現と困難、民衆の美しさと愚かさが、これでもか、と盛られた戯曲でした。

こども達は、このラストシーンに、何を思うでしょうね。

北村さんの動き、声ともに大変よかったです。
posted by 大ねこ at 15:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽・映画・芝居などの鑑賞 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月21日

現場には来ています。

何が?
インフルエンザです。
先週高学年から欠席者が増え
週末には11人欠席。
うちインフルエンザは7人でした。
私も否が応にもうつる羽目となり
まあ、風邪ですが、今日は病院からスタートしました。
医者の薬は効きます!!

読書とまではいきませんが
小ねこの読んだ「日本のコピーベスト500」(宣伝会議)を
斜め読みしました。
1位は糸井重里の「おいしい生活。」でした。
確かに。
私は2位の「想像力と数百円」のほうが好きです。
これも糸井さん。
広告には私もかなり興味があります。
大昔、大学がすべったら、
その業界に行こうとしていましたから。

なかなか面白い本でした。

明日は井上ひさし作品の芝居を観に行きます。
鼻水ジュルジュル、止まりますように。
posted by 大ねこ at 18:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 小中学校教育を考える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月19日

山崎豊子「山崎豊子自作を語る【人生編】大阪づくし私の産声」(新潮文庫)

昨年、「運命の人」を4巻読み期せずして今年TVドラマ化。
ヤマサキトヨコと、濁らず読むことを初めて知りました。
1924年生まれ、大正13年とは私の父と同い年。
父はとうに死にましたが、
生きていれば88歳と言うことですね。
もちろんご存命でかくしゃくと活躍なさっています。

いやあ、カッコいい、大阪一辺倒のおば様でありました。

大阪は「東西に通った道を町、南北に通った道を筋」
だそうで、豊臣秀吉の大阪城時代かららしい。
「大阪に生れ、大阪に育った私にとって、
大阪の空と川と人間は、私の血肉そのものに」
なっておられるそうです。

「白い巨塔」一つ取り上げて自作を語れば
「メスの持ち方一つでも性格が現れていなければ、
その作品は多くの人をうたないし、
読まれないんじゃないですか」
なるほど。
題名を決めるのに呻吟し、題名こそがテーマを体現し
半年取材、半年執筆を理想とし
一度調べた資料は一旦使わなければ永久にお蔵入り。
新しい資料に出会うことを至上の喜びとし
読まれることを前提に最後の一文を書く豊子さん。

「文学全集も文芸評論も、日本の特徴は、
右へならえ式ですね。だから、川端康成先生は
小説の神様だと、ある一人の人がいえば、
みんな右へならえですよね」
共感!!
私も昔、なんで自然主義とかいいのか
全く分からなかったし、文壇史には興味も湧かなかった。
国語便覧は読書の選択に必須アイテムではありましたが。

たくましい、大阪の、商人魂に貫かれた
実質をとる、元新聞記者らしい女性だと思いました。
「社会派」ではなく、人を追究するとこうなってしまうんだと
おっしゃる山崎さんは
やはり松本清張に通じる、われわれ読者が読みたい
小説を書く第一人者だと思いました。

ところで。
「ヒミズ」の染谷さん、二階堂さんは
素晴らしい新人です。
園監督は「売名」に左右されない
(目指すところはあっていい!)
骨太な方だとこの2人の抜擢からも思いました。
posted by 大ねこ at 21:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書の記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月17日

園子温監督「ヒミズ」

どのようにレヴューで評されようと
どのような批判があろうと
まだ2012年は始まったばかりですが
この映画は、私の中では本年度ベスト3に入る、
それだけは間違いが無い。
当然現在ぶっちぎりのトップ1作品です。
ふざけて言っているのではない。
まごうことなき最良の映画でした。

映画を見る前から分かるような映画、
原作に寄りかかりすぎる映画、
ハリウッド的な何かでごまかす映画が
跋扈する中、
この映画はまごうことなき映画でありました。

かつて「風と共に去りぬ」や「かくも長き不在」や
「突然炎のごとく」を観た時の感動を凌駕する、
近年まれに見る映画らしい映画でありました。

ストーリーはいろいろ検索すれば出てくるでしょうから
ここでは簡潔に。
住田くん、中学3年。茶沢さん、中学3年。
どちらの家庭も、異常。しかし現代にはありうる家庭。
捨てられた子ども。生まれてきてすみませんの子ども。
住田くんにはホームレスの仲間がいた。
茶沢さんは、住田くんが好きだから必死に応援し続けた。
ろくでもない大人たちに翻弄される子ども。
しかし、ろくでもない大人たちに救われる子ども。
街には異常があふれ返っている。
まっとうに、普通に生きることが、なんと生き難いことかを
子ども達は静かに私に伝える。
やがて、自分の「罪」を償うために、彼らは歩き始める。
迷いながら、模索しながら。自らから結論を出すのでした。

先の大震災の映像を要所要所に流しながら
効果的なSEを用いながら
小手先ではない、実に映画らしい手法を使いながら
映画は映画としてそこに存在しました。
映画でなければ描き得ない世界がありました。
暴力や泥だらけや水浸しや流血など
「穢れ」をこれでもかと天こ盛る。
しかし不思議なぐらい、汚いと思えなかった。
私は普段はバイオレンス物は嫌いです。
「スマグラー」の流血には意味を感じなかった私でしたが、
この映画の流血には必然を強く感じ
かつて「黒澤映画」を見たときと同じぐらい
この「穢れ」には感動が溢れました。
人は汚れて何ぼだからです。
それを真っ向から、人の叫びと共に描いた本作は
それだけでまず大傑作でしょう。

さらに。
ここに出てくる子ども2人は、絶望に負けない。
希望は夢でしかないかもしれないが
少なくともおためごかしをする教師どもの言葉を
逆手にとることができる叡智があった。
彼ら2人の会話を耳を澄まして聴け!
今となっては大人たちすら忘れたうつくしい日本語で
自分たちの思いを簡潔に語らせていた。
一方で、罵詈雑言の応酬もあいまって、
この映画の脚本のクオリティの高さを感じました。
私はラストに近い彼ら2人の会話のシーンで
どんな哲学も畏怖の念で黙りこくるような言葉に出会い
その会話だけで涙があふれてとまりませんでした。

もうひとつ。
彼らに大人の言葉を選び分けられる能力がある事。
信じるものとそうでないものとを本能的に選び取れる力。
これが彼ら2人をして、「現代の救世主」と呼んでも
過言でないと言い切れます。
そんな若者を描ききって、現実の若者もしくは大人たちに
「がんばれ!」をかくも痛々しく伝えた園監督に
敬意を表します。

虚しさではなく。
かといって、明るさなどではまるでなく。
おのれを見つめよ、と教訓染みているわけでも無論なく。
しかし、全てを許容して、すべてを非難して、
突き放し、乾いた視点でこの映画は
私の胸に届きました。

「がんばれ!」と叫ぶ茶沢さんに
「うん、がんばれ!」などと応じる事のできない
謹厳な事実がそこにはありました。

ヒミズ、とは、日の目を見ないモグラの事だそうです。
私たち人類は全てヒミズなのかもしれない。
私が、観終わって、一時思考停止になり
その後決意した気持ちが
彼らと共に歩く事だけだ、と思い知りました。
posted by 大ねこ at 22:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽・映画・芝居などの鑑賞 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月15日

怒髪天ライブ

本日は、怒髪天のライブです。
中野サンプラザなので、早めに現地に行って、ココットで840円均一の服をしこたま買いました。
さらに、ブロードウェイをぶらぶらして、可愛い猫が秒針の時計を買って、居酒屋「えん屋」さんで軽く刺身やもつ煮で腹ごしらえ完了。
中野サンプラザに並ぶのは野郎さんが多いと思いきや、結構女性がいて、うれしくなりました。
いい時代だ。

6時過ぎ開始、8時20分終了。
知っている曲は大いに乗り、知らない曲もわかりやすい歌詞なので、共感できる。近年小賢しいグループが増えているだけに、どストレートでカッコイイ!近年下手くそなくせに格好つけるグループが増えているだけに、4人が全員テクニック伊達じゃないのでカッコイイ!

音量も、久々にどでかくて満足しました。
オッサンロック、あるいはコミックロック、または演歌ロックを想像していましたけど、そのどれにも当て嵌まる。しかし、そのどれよりもハイレベルでした。
長くロックしていればいいっていうものではないんでしょうが、長くしているからこそのうまさが、そこにはありました。

難しくない。シンプル。
けれども、60年代にロックが何故生まれたか、改めて思い出させるグループでした。
始まる前のBGMが60年代ロックンロールの名曲だった訳がわかりました。

アンコールには、なんと上原まりさんが、平家物語を語りました。新曲でコラボされたようです。カッコイイ!

オープニングは4人の獅子舞、エンディングはフーテンの寅さんの渥美さんの歌。紙吹雪。
なんて昭和!
心地好い!

よかった。
怒髪天、さらに好きになりました。
♪ロックでない奴はろくでなし!

明日から自分らしく、また働こう!そう思わせてくれました。
間違ってたっていいや。自分の信じたことをして行こう!
ありがと、怒髪天!
posted by 大ねこ at 20:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽・映画・芝居などの鑑賞 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月14日

絲山秋子「逃亡くそたわけ」(講談社文庫)

昨日読み終わっています。
昨日は職場の新年会で更新できませんでした。
どうも2012年になってパッとしません。
エンジンのかかりが悪いというか、
めぐりがイマイチと言うか。
職場での自分の立ち位置が
自分的に納得していないと言うか。

もう流行らないんかなあ。
うるさいオバサンは。
若い子達の多くは自分をさらけ出さないし。
子どもへの注意の意味も私とは微妙に違うし。
靴のかかとを踏むな!教師のクセに。
ああ。細かいのかな。
人としての何かの話なんだけどなあ。

さて。
「逃亡くそたわけ」とは素晴らしいタイトル。
例の又吉君のお薦めで手にとることができた本です。
一読。
ロードムービーのような、軽さを鎧った(逆説的だなあ)
れっきとした純文学でしょう。
実に楽しく読めました。
精神病院からの逃亡です。
躁鬱症の「あたし」は逃げたかった。そこから。
頭に流れる言葉は「資本論」の冒頭句、
「亜麻布二十エレは上衣一着に値する」
この言葉が少しずつ消えていくんですねえ。
逃げ方は、ボロ車。
運転者は名古屋出身、東京の大学卒業、
福岡のNTT勤務だった「なごやん」。
名古屋大嫌いな、東京信奉者の彼も
同じ病院にいて「なんとなく」一緒に逃亡。
でも、「なごやん」の小賢しい、でも可愛い言動に
「あたし」は癒されているんだろう。
男と女ではなく、まるで兄弟のように。

人とまともに繋がれなかったであろう彼らが
たった二人で、ちょっと悪いこと、罪も重ねて、
九州を国道だけで移動。
福岡から鹿児島は指宿まで。
実は我が家が先年2年にわたって周った九州旅行と
かぶる所も多々あって、
まるで知り合いの子の「逃亡」を見ているようで、
なんだか愛おしかったです。

しかも。
「あたし」は自分の土地が大好きなんだろう、
だから、ずっと博多弁を貫く。
一方、「なごやん」は名古屋が嫌いだから
ずっと標準語を貫く。
でも。
帰り場所の見つからなかった彼の、とうとう叫ぶ言葉が
「くそたわけっ」なのが
どうにもこうにも、名古屋方面出身の私は
他人事のように思えなくて
「なごやん」をナデナデしてあげたくなりました。

ということで。
私にとって、自分の旅日記とも自分の履歴書ともとれるような
(精神病院ではなく、
私にとっては「家庭」だったり「職場」だったり)
胸がキュンとなる、とても身近に思える
読みやすい「純文学」でした。
作者の方との相性は私的には良くない気もしますが
この小説は「逸品」でした。
又吉君のおかげです。
posted by 大ねこ at 21:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書の記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月11日

浅田次郎「アイム・ファイン!」(小学館文庫)

機内誌に掲載されていたエッセイの第2弾だそうで。
1弾は「つばさよつばさ」でした。
こちらは未読。
原稿用紙7枚のエッセイですがやはり語り口は巧み。
サラサラと流れるように読んでしまいます。

氏のお嬢さんは精神科医だそうで。
氏も狭心症で手術もされたようで。
結構な今はお金持ちをカミングアウト。
愛馬と言うからには馬主のようだし。
乗り物大好きの腰痛もち。
「中原の虹」の頃は中国に頻繁に。
ラスベガス直行便がある頃は
しょっちゅう行かれたようで。
嘘はつくけど約束は守る男で。

いやあ、いいおじさんだ。
職人って言う感じですね。
儲けてください、一杯。
このおじさんならいいかって感じです。

さてさて。
学校も始まり、1年生も1年生なりに
少しオトナっぽくなってきて。
いろいろ日本語も通じやすくなってきました。
後2ヵ月半ぐらいですが。
楽しんでいきたいと思います。
posted by 大ねこ at 21:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書の記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする