2015年07月30日

桂文楽「芸談 あばらかべっそん」(朝日ソノラマ)

引退は昭和46年。死の3ヶ月前、
落語の主人公の名前が出てこず
「もう一度勉強し直して参ります」と言って
高座を下りたのが最後、と言う逸話だけは
知っています。
私は小学生、もしかしたら聴いている気もするが
記憶にはありません。
黒門町、の二つ名をもつ名人であります。
(だそうです)
志ん生の破天荒、自由落語に対して
端正な教科書的な落語を演じたらしいです。
(だそうです)

しかし
本を読む限り、印象は真逆。
志ん生は、貧乏を誇りに思い、人生の伴侶を
乱暴な表現はしていても心底愛し家族を愛した。
どこにでも出かけ、どこでも誇り高く演じた。
一方文楽は
金の話は綺麗に語り{タロー=金と言う符丁で表したがる)
家族のことには極力触れず
奥さんは少なくとも2人いて
あちこちで女に手を出して「色ざんげ」するほどである。
愛してくれた先輩の話は楽しく数多くするが
後輩に対して(あるいは弟子?)の話は
基本厳しく辛口。
何分恐らく色男。
そしてその時代だもの、やむをえないとしても
なかなかに贅沢な感じもする。

私はここまででは志ん生派だな。

「あばらかべっそん」という言い方は
恐らくは彼の造語で
「ありゃりゃ、恥の多い人生を送ってきました」
てな意味ではなかろうかと推測しています。

二人の共通項は家の都合で奉公に出る、
しかし辞めちまう、かな。
家庭的にはあまり恵まれていなくて
結局芸事が好きだったんでしょうね。

文楽のお母さんは喜怒哀楽の激しい人だったと
本人がはじめのほうで語っていますが
多分文楽自身もそうだった気がします。
本文中の言い回しに、やたらと
「泣きました」と出てきますので。
あと江戸っ子的言い回し
{浅田次郎もよく主人公に言わせる言い方)
「〜と思し召せ」(「〜だと思いねえ」)が出てきます。
ああ、本当にこんなお洒落な言い方あったんだなあ、と
変なところに感心して読んでいました。

ま、内容は、読んでもよく分かりません。
当時の芸人たちの名前など、さっぱりですから。
ただ、名人文楽の人となりは
感じ取ることが出来ました。
気位の高い、粋な人、だったんでしょうね。

昭和32年発行、それを底本にこの本は
昭和45年発行でした。
今はちくまから出ているようです。
購入先は、神田の古本市です。
600円で買った年代ものです。

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2015年07月29日

柳家小三治独演会 松戸市民会館

松戸など初めて。
小三治師匠のためならよっこらしょ、な気分です。

ヨーカ堂がデカイ。
ある範囲を抜けると住宅地で、ストレンジャーには楽しくない街。

でも小三治師匠だから!

今朝洗濯機からウォークマンが……。
ポケット入れたまま洗濯したらしい。

本日買い直しました。

そんなショックも吹き飛ばして下さい、師匠!


前座
って、おい。
喜多八さんだよ。
「たけのこ」

師匠登場
ニュースにもなった帯広ばんえい競馬のマクラ。
今更人気の原因は映画と言って、多分「銀の匙」?
我が家も旅先で寄りました。
ただやってない時なので馬場を眺めて過ごした記憶。(その直後雷雨)
馬券買ったり興奮したりの後、噺。
「馬の田楽」
なんとも田舎の人々の、のんびりした(中身は自分の馬紛失事件なのに)やり取り、とぼけた感じが、見事に活写されていました。味噌搭載の馬を称して「味噌付けた馬」ムフ。
噺の内容よりも、語りの面白さを味わいました。

語りの妙、さすがです。

中入り

「野ざらし」
聴いてみたかったやつ。
夏の怪談的な、でも粗忽な落語の主人公のおかげで笑える。 本当?のサゲは、どうだったか知らないですが、師匠は、釣り針を取って捨てる所で追い出し太鼓。

予定よりも10分早い!
えー?!
ちょっとがっかり。

でもいいや、とても満足。
師匠の綺麗で楽しい噺面白かったから。

まだまだお元気、安心しました。

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2015年07月28日

古今亭志ん生「なめくじ艦隊」(ちくま文庫)

夏休みに入り定時退勤や年休取得が楽で
本当に幸せ。
これがあるから続いているのかも。

志ん生師匠2作目。
リアルタイムで全く聴いたことはない
歴史に残る偉大な落語家。
この本にしてからが
私が生まれるはるか前の刊行ですもの。
終戦当時55歳、生きてたら125歳ですから
古い人だと分かりますね。
息子さんも志ん朝さん、馬生さんという一流噺家。

江戸っ子かたぎの強がり。
粋を愛し、実生活は無駄話をしない頑固者。
酒と賭け事を愛し、家族を実はとても大事にした人。
聞き語りですから師匠の人となりが髣髴と。

表題の意味は「貧乏長屋」ってこと。
ナメクジの湧く家賃ただの家が業平にあった。
金もものもないけど人情はあった。
そういう戦前の日本も髣髴とします。

「落語をきいていると、自然と人間のカドがとれて、
やわらかになってくる。・・・・・・このせちがらい世の中を
たのしく生きぬくためには、もってこいのもの」が、落語。

落語も相撲も野球も
「みんな人を喜ばせるためにやるもんですよ。
誰も人のいないところで、あんなことをやったって
どうにもしようがねえ。」

自分という人間は
「あたしは雨が降ろうが、風が吹こうがダマっている。
(京マチ子などもそういう人らしく)
ふだんはだまっていて、芸に向かうと、人が
かわったかのように真剣になることのできる人が
好きなんです。」
だそうです。
釣りが好きな人だったらしい。

わたしのようなおしゃべりではダメですね。
ちなみに私も京マチ子さん、色気があって
演技力があって好きでした。小さい頃。
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2015年07月25日

柳家三三独演会「夏」 中野ゼロホール

柳家三三独演会「死神」 はマストで。

本日朝早くから中ねこ車で首都高からの都心の病院へ日帰り人間ドック。
丁重に診ていただき、とりあえず血液検査だけ結果判定。
15年前とほぼ変わらぬ値。
ただ、中性脂肪だけは、ね。
体重も10kg増。
まあ、10年前の病気は大きかったなあ。

バリウムも久々飲んでがんばりました。 誕生日記念でがんばりました。
御茶ノ水、銀座、中野をぶらついて、ゼロホール着。

誕生日のシメ(本当のシメは帰宅して家族と、です)は大好き三三。

にしても「死神」……
まあ、夏ですからね。
小三治師匠と同じオチかしら。ワクワク。


前座
「太田道潅」
角=歌道

「とうなす売り」
マクラにお江戸の物売りの呼び声の声色。
20歳おバカ息子の掛値なしから掛け売りの妙。
バカ息子の表情、いいな。
続けての
「お化け長屋」
お化けさえ逃げ出す奉公人泣かせの主人。
三三のおかしみの一つは人物の独り言。
中入り

「死神」
本当に師匠と同じサゲ。
師匠より当たり前だけど、全体に若々しいな。
堪能した。でも、やはり師匠はその上だった。
半ばまでの流れは聞き取りやすく師匠を超えるかと。
死神との最後のやり取りで、アップテンポ過ぎて、あっさりくしゃみに辿り着いた感が。

あのね、師匠の「死神」は怖いのよ。
三三のは、楽しかった。
そこらへんどっちもいいんだけど、やはり死神、怖い方がやはり死神だよね。

そういうこと。

また10年経ったら聴いてみたいです。
枯れた三三で。

人間国宝は伊達じゃないことが、今日の収穫です。

だからといって三三さんの価値は下がりませんよ!
マクラ無しで始まったあたり、勝負を感じました。


気持ちよくうちへ帰ろう!
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2015年07月24日

伊坂幸太郎「ジャイロスコープ」(新潮文庫)

明日は誕生日。
人間ドックと三三さんに会ってきます。

「息子」といえばこの伊坂さんも「息子」?
まてよ、'71生まれだからおばさんの「甥っ子」か。
年下の一つ若い世代の旗手。
うまいなあ、小説家だなあ。
これは短編集。
肩の力を抜いて「読み物」としての面白さを追求してます。
「浜田青年ホントスカ」
終わりの怖さにビビりました。
「ギア」
バスの中で起きる摩訶不思議な近未来ホラー。
セミンゴとか、ウルトラマンのキャラかと思う。
怖いのに笑えてしまう伊坂ワールド。
「二月下旬から三月上旬」
時空のゆがみのような人の記憶のあいまいさのような
これも心の奥がぞわっとなりました。
「if」
まあ、これはあるある小説でわかりやすかった。
誰もが望む「あの時ああしていたら後悔しないのに」を
まんま小説でスカッとさせてくれた感じ。
「一人では無理がある」
これ、一番好きかも。
サンタさんは本当にいる、を
地でいった名作でしょう。
題も好き。
「彗星さんたち」
コメット。彗星。
新幹線の中を7分間で清掃する
(そういわれてみればそうだ、東京駅のあの人たちだ)
掃除係の人たちの心優しい物語。
一般的にはこれがベスト作かも。
どんな仕事にもドラマがあり
どんな仕事にも人生があり
どんな仕事もまさに貴賎なし。
サラリーマンをしていた彼だからこそ
見える視点がありました。
「後ろの声がうるさい」
アンコール作的な。
リプライズ的な。
まとめ的な。
残りの作品のあれこれ(セミンゴ登場、笑った)
を封入してカーテンは降りました的な。
そしてこの題であります。
ここが伊坂ワールドと申します。

人物像の設定の前に
こんな世界観でこんな状況設定だから書きたい、
というのが伊坂流の小説作法らしいです。
にしては人物たちがそれぞれに愛おしい。
まだまだ読み続ける気がします。
是非待ち続けます。
これからも書いてください。
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高橋優くんについて。

中島みゆきファンとしては
(かなり過去形。今のみゆきさんよりかつての)
高橋優くんに同じものを感じ取ります。

@歌がうまい
A北の方出身(北海道と秋田)=耐える感じ
B可愛い。または美形。同意できない方は寂しい
C歌詞にいちいち意味がある
D音のつくりがその人独特でレベルが高い
Eわたしの好み
F社会派、だけど詩人
G年齢不詳の感覚

で、優くんの歌をウォークマンで聞いていると
ボーっと聞けない。
必死に歌詞を聞き取ろうとしていて
読書に没頭できないデメリットもあります。
ベストアルバムがでたので
十年一日というか
(まだ6〜7年目じゃなかったか)
「福笑い」でドカーンと胸を刺されて以来
ボツボツと聞いていたんですが
「キャンディ」とかもう聞けないくらい辛いし
「泣ぐ子はいねが」「誰がために鐘が鳴る」
「こどものうた」「サンドウィッチ」とか
いちいちジーンとしてしまう。
20代過ぎからのみゆきさんの
「みんな去ってしまった」からの
「親愛なる者へ」とか「寒水魚」「37.5℃」聞いたときの
感動に匹敵します。
まだまだ日本の音楽も悪くない。
セカオワも、ねえ、
デビュー当時の病的な感じは若さゆえで
興味もありましたが♪ドラグナイ〜♪はないわ。
売れるために身を売る、よりは
やっていたら誰かが支持してくれて
なんだかスタンダードになっていた、のほうが
だんぜんかっこいいよね。

で、
優くんもベストアルバム出して
ホールツアーするまでに成長しちゃって
オバサンはなんだか嬉しいよ。
息子が人気者になっちゃった気分。

ベスト買いましたよ
ツアーのシリアルナンバー封入だから。
ツアー、当たるといいなあ。
可愛い「息子」に会いたいもんです。

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2015年07月19日

伊坂幸太郎「仙台ぐらし」(集英社文庫)

仙台で出されているタウン誌?なのかな、
「仙台学」と言う本にたまに連載していたエッセイを
まとめ、おまけをつけた本。
仙台在住で、あの震災のときも
「そういえば伊坂さん、大丈夫かな?」と
思っていました。

その震災前後のエッセイで
宮城県沖地震を懸念していた震災前のくだりは
あたかも予言者のよう。

全体に
シャイで弱虫で(失礼)心配性で優しい筆者の印象。
こんな方が「魔王」や「首折」なんていう小説
書いちゃうところが作家ですな。

何がどう、と言うこともないエッセイですが
仙台のローカルな雰囲気や
時代を反映する人々の言動や
結局人と人は人とでしか
つながらない何かを感じ取れます。
仙台市内の喫茶店の一番奥で
今日も彼は作品を書いているのかしら。
きっとPCを持ち歩き
喫茶店で長居をしている40台の男性がいたら
それは伊坂さんなんでしょうね。
仕事場をあえて持たず
市井に出てさりげなく人の往来などを見て
きっとひらめくものがあるんでしょう。
彼の小説に出てくる人々は
皆優しい。
その根源は書く場所にもあるように思います。

震災の爪あともまだ残り
復興したかどうかより
そこに住む人を見ろ、と作中にも記されていますが
本当にそうだと思う。

戦争法案が多数決の論理(民主主義の論理にあらず)で
強行採決され
国民は置き去りにされている日本。
そもそもの選挙制度からして矛盾だらけなのに
選ばれし人間だから強行しても良いという理屈は
詭弁以外の何ものでもない。
そもそも先の選挙でも
自民党の得票率は20%を切っているのですよ。
どこが国民の信託を得ているのでしょう。
たまたま第一党になったにすぎない、という
謙虚さがまるでない。
少数意見は大声にかき消され
数字に頼る御仁が闊歩する。
まずは賛成した議員さんたちが
自衛隊の戦闘機に同乗してくださいね。

日本にまだ
民主主義など根付いたことはないのに
憲法が時代遅れなどとガキの言い回しです。
まだ憲法は2割ぐらいしかまともに使われていませんよ。
この憲法を使いこなすには
日本国民が200年以上掛けないと
消化できないぐらいの崇高な憲法です。
愚にもつかぬ話し合い(と見せかけた寄り合い)に
税金を使っていることすら腹立たしい。

デモにも参加せず意見陳述もしてはいませんが
私はわたしの生き方やり方で
憲法を守り抜きたいし
民主主義とは
数の論理ではなく
温かな人々の思いやりと見通しと学習と
受け入れと差異を認める心とで
すり合わせながら、ある一つの事柄に
物事を収束させていく考え方だと言うことを
伝え続けていきたい。

伊坂さんを読むと
そんな気持ちを持つ自分が
決して間違っていないことにほっとし、
ほんのり自信を回復できるのです。
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2015年07月18日

とりあえず、夏休みだ。

登校最終日までいろいろやらかしてくれる
なかなかの1年生。
ばたばたと夏休み入り。

その後職員旅行で屋形船。
台風の余波が心配でしたが
なんとか楽しめました。

私は東京の夜景に心は動かないので
船内の食事が美味しかったことで
よしとしました。

そして今日は3人で
わたしの姉の家へ。
互いに年くって
彼女もあと2年で70歳とか。
がっつり一回り違う腹違いの姉で
しかし何かと心の支えでもあります。
小ねこの進路指導もしてもらい
ぼけてないなあ、さすが昔からのゴッドママだなあと
4時間近くの滞在があっという間でした。

違う空間で息をすることの大切さ。
日常の勤務も「安心感」ではありますが
やはり「異空間」は大事です。

とりあえず、夏休み。
「異空間」にできるだけ。
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2015年07月14日

柳家小三治「小三治名席」(講談社α文庫)

大好きな小三治師匠がかつて演じた名演を
書籍化したものらしい。
それも文庫のみで。
知らなかったよ。
さすが師匠だね。

寄席の席割のように5席ずつ。

上席・・・高砂や、錦の袈裟、船徳、ろくろっ首、芝浜。
高砂や・・・結婚式の高砂やが歌いきれず
    恥をかく噺
錦の袈裟・・・ふんどしにしつらえて吉原に行く噺
船徳・・・船頭なんか簡単、とたかをくくったボンボンが
   漕ぎきれず笑える噺
ろくろっ首・・・金持ちの娘がろくろっ首で
      のこのこ婿入りしたものの
      耐え切れずかといって帰れない噺
芝浜・・・いわずと知れた人情豊かな嫁と
   金の意味を問い直す落語の出色

中席・・・時そば、転宅、野ざらし、道具屋、居残り佐平次
時そば・・・きっといろいろな終わり方がある噺
    師匠は四つの刻で落としています
転宅・・・実際聞いているので情景が浮かぶ
野ざらし・・・イマイチピンとこない噺
道具屋・・・愚か者の道具屋の掛け合いの妙
居残り佐平次・・・この図々しさの小気味よさ
       今のギリシャも、これ?
       是非とも聞きたい噺の一つ

下席・・・金明竹、天災、千両みかん、粗忽長屋、死神
金明竹・・・大阪弁が聞き取れないおかみさんと奉公人
    これは高座で聞かないとほんとの良さは
    伝わらないだろうと思う
    電車の中で吹き出しそうになったけど
天災・・・喧嘩っ早い江戸っ子職人のテンポのいい噺
千両みかん・・・旬のものがあった古きよき時代の
      わがままな息子のせいで価値を見失った
      番頭さんの哀しい噺
粗忽長屋・・・有名すぎる噺
     私が多分幼い頃はまった噺のひとつ
死神・・・これも実際聞いているのでじんわりしながら
   読みました。
   風邪引きの終末は圧巻

師匠にまた7月末に会います。
楽しみです。
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2015年07月12日

久々に救急車。

グッと暑くなって
夏本番だ、布団干した、洗濯した、
よし出すもの出そうと
トイレに行き、珍しくしっかり出て
(尾篭な話ですみません)
よっしゃー!と喜んでいる途中で電話。
なんと
小ねこがバイト先で倒れたと。
熱中症っぽいとのことで救急搬送します、と。

ぎょえー。

バイト先近くの病院と分かり
すぐ中ねこさんに車を出してもらい、
駆けつけました。

バイト先の上司もおられてきちんとした対応、
点滴受けて無事でした。
労災の適用を心配しておられましたが
本人の寝不足っぽいのと
医師も熱中症とは異なる、との判断だったので
お帰りいただきました。

いつまでも人騒がせなお子様です。

ぐったりと暑い中
帰ってきたのでありました。
posted by 大ねこ at 15:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年07月08日

又吉直樹「火花」(文藝春秋社)

買っちゃいました。ミーハー。
普段ハードカバーは買わない主義で
(持ち運びに重い)
この本も文庫をまとうかと考えていましたが
小ねこいわく「当分無理じゃん」
売れるうちは確かに無理だろうな、と思っていました。
で、本屋で見かけ手に取ると、軽!!
じゃ買うべ、と決心。
3日で読みました。(注:電車内でのみ読む)

スパークスと言う名の漫才師の片割れが
出会ったあほんだらという名の漫才師の神谷。
火花=スパーク、で、出会ったのがアホな神か。
既に小説的な出だし。
出会いもスパークなら、付き合い方もスパーク。
神谷の生き方も刹那的でスパーク。
主人公の行きつ戻りつの思いもスパーク。
売れるまで、売れない、チョイ売れ、解散、
スパークスそのものは結構まっとうな青春時代の姿で
よくあるパターンの漫才師人生。
片やあほんだらの神谷は過去にあったような
(例えば横山やすしのような)破滅型の天才肌の
依怙地で自我が勝り、借金まみれで、
ちょっとおかしい(異常な、の方の)人物像。

そんな神谷に惚れこんでしまう主人公の思いは
漫才師としてハネもせず火花を飛ばし切ることもなく
消えゆく己の才能にけじめをつけつつも
神谷の「笑い」への天才性に憧れ、憤り、尊敬し、
近親憎悪とも嫉妬とも畏敬の念とも取れるもの。
実存としての神谷はくだらない愚か者。
しかしその観念は売れるべき実力。
そこに又吉の分身ともいえる主人公は
過去から脈々と続く芸人魂のシンボルとして
神谷を捨てられず、愛し、尊敬し続け、
共に慟哭するのである。

せつなさと、いとしさと、心細さと・・・、って
どっかで流行った歌みたいなキャプションを
付けたくなりました。

芥川賞レベルなのか直木賞レベルなのか
三島由紀夫賞レベルなのか
私には分からない。
でも、読みふけることの出来る本でした。
昭和の匂いも漂い、人のもつ哀しみを表していました。
全ての出来事がアウフヘーベン状態で
ストーリーらしいものは極力簡略化され
ひたすら主人公の心象風景と神谷とのやり取りに
終始した物語でした。
大阪弁、大きいな、この物語の中では。

買って読んで正解でした。
物悲しくなりました。
posted by 大ねこ at 21:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書の記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年07月05日

柳瀬尚紀「日本語は天才である」(新潮文庫)

7月(柳瀬先生いわくナナガツはブブー、シチガツ)
に入り、早5日。
時の流れに身を任せ
保護者会だの土曜公開だの研究授業だのを乗り切り
迫り来る「個人面談」さえ乗り切れば
夏休み、という輝かしい時間が私をまっている!
勤務するにせよ、心持ちが違うこの「夏休み」という響き。
麗しいなあ。
思えば6歳からこのかた、「夏休み」を
続けてきたこの身に
後何回の夏休みが待っているかと思うと
些か寂しい秋の夕暮れ・・・マテマテまだ夏はこれから。

というように、言葉遊びをしたくなる本でした。
お笑い、というものも
結局この言葉遊びなんですよね。
落語文化も漫才文化もピン芸も全て
言葉を駆使して人におや?と思わせ
くすぐり、笑いに至らしめる。

筆者はジョイスの「ダブリナーズ」をはじめ
「フィネガンズ・ウェイク」をいい意味の超訳で訳した
天才的な日本語使いだそうです。
猫が好き、将棋名人、日本語を手玉に取りつつ
愛してやまない方、という印象です。
「フィネガンズ・ウェイク」とな。
絶対に読まない代表選手のような難解極まりない本。
しかし一瞬読んでみようかと思ってしまった、不覚にも。
言葉遊びの面白さを楽しめばいい、みたいな
レヴューもネットには載っていて
う〜ん、と迷うものの、なんせ長い。
1巻で挫折、に違いないのに、やはりちょっと敬遠。
言葉遊びを楽しむなら、「通じる」方でいいや。
と、妥協する弱虫野郎でした。

井上ひさしに通じる言語感覚ですが
「むずかしいことをやさしく」の井上先生には
少し負けますね。
日本語の面白さが伝わる本でしたが
(イロハとか、ルビ物語とか、記号論とか、
回文とか、漢字とか、訳し方の面白さとか)
訳者と小説家の違いだと思うのですが
読み進めるのには井上さんに一本、であります。
posted by 大ねこ at 18:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書の記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年07月01日

長井好弘「僕らは寄席で「お言葉」を見つけた」(東京かわら版新書)

小三治師匠の会で見つけた本。
「東京かわら版」は、落語情報の老舗です。
私もしばし購入していましたが
ネットで調べたほうが速くて
申し訳ないですが中断しました。

さまざまな落語家さんの高座でのつぶやきを
拾い集めた本です。
まあ正直
だからなんだっていう「お言葉」ばかりなんだけど。

たくさんまだ知らない噺家さんているんだな、
もっともっと寄席通いしたいな、と
思ったのが感想です。
これからリタイアが近いわけで
老後の楽しみの一つはやはり寄席でしょうね。
音楽のライブに行かなくなって久しいのは
結局立ちっぱなし、とか
若者の波に飲まれる不安とか
まあ、寄る年波には勝てない系の結果でしょう。
その点寄席は
そもそもご老人も多く
安心感はありますね。
posted by 大ねこ at 21:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書の記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする