2018年08月01日

中山七里「ネメシスの使者」(文藝春秋)

単行本で買っちゃいました。
本当にハマる七里さん。
古手川の上司、渡瀬警部が大活躍。
古手川刑事もきちんと脇を固めて登場。
岬洋介の父、検事の岬も登場。
警察組織の小狡いパートを行う
渡瀬の上司も登場。

ネメシスとはテミスのアンチ。
復讐や義憤の代表という存在。
かつて殺人を犯した男の母親が殺される。
ネメシスの血文字を残して。
次に起きた殺人が同様に殺人犯人の
父親。ここにもネメシスの血文字。
両者に共通しているのが
殺人犯人なのに温情判事の裁量で
死刑判決が出なかったこと。
渡瀬はこの温情判事の身を案ずるが
事態が急変、第三の殺人が懸念された
父親が殺人犯人の高校生の警護をするうち
犯人が現行犯逮捕に至る。
犯人は、岬の近辺にいる男だった。

詳しくは書けませんな。

問題はそこからのどんでん返しです。

犯人のネメシスの使者として最もしたかった殺人は
そこからだったという。
うーーん。

今回だけではないのですが、
中山作品に惹かれる理由は
どんでん返し、推理モノ、という点はもちろん
なのですが、実はそれ以上に
社会性というか、現実を見据える透徹した視線です。
例えば本書に貫かれる死刑制度の是非について、
あるいは、匿名性の悪意について、
さらに、裁判制度の裏表について、
警察組織のあり方について、等々、
普段は眼をつぶるようしている社会に潜む
さまざまな「どうあるべきか」について
問うてくるのです。
私は個人的に死刑制度に反対の立場でしたが、
ここに出てくる温情判事の人生観からは
死刑以上に懲役に望む悪意や私怨に
慄然とさせられて
是非は軽々に発言できないと
改めて思うのです。

それでもオウムの集団死刑の報に接した時
死刑制度に疑義はどうしても生まれるのです。

渡瀬警部自身も答えてくれません。

私たちはやはり、自分の使命を
使者としてではなく
己の命題として自らの責任で
行っていくしかないなだとも思います。

こんな一節を引用して終わります。

「人が人を殺め、一方が加害者、もう片方が被害者
という図式で完結するのなら、これほど単純で
楽な話もない。だが市井の生活に隠れた悪意がそれを
放っておくことはない。正義の仮面をつけ、
シュプレヒコールを叫びながら罪なき者と既に罪を
贖った者に襲いかかる。」

本当に怖いのは私、
かもしれないのです。
posted by 大ねこ at 20:52| Comment(0) | 読書の記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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