2018年08月08日

藤田嗣展 東京都美術館

駅のプラットホームに掲げられた
「カフェ」の絵に惹かれて
行ってきました。小ねこと。
台風接近の中、返って空いていると
踏んで、大正解。
ゆったり鑑賞できました。

もともとエコールドパリは好きで
モディリアニもキスリングも好みだったので
きっと好きと思いました。
結果、好きでした。

彼の一生を追いまくった展覧会。
お父さんは森鴎外並みの陸軍医師。
勲章いっぱいぶら下げた肖像画と
斜に構えた若き日の藤田自画像からスタート。
黒田清輝に師事していた頃の写実画がその2点。
そこから脱却したくてフランスへ。
行けるだけの財力を持った親でよかったですよね。

次がパリの洗礼を受けて
キュビズムなんかに傾倒したりする模索時代。
やがて自分の絵が確立していく頃。
エコールドパリの模倣が多かったところからの
乳白色プラス面相筆の黒い細い線の藤田色の
完成期。

日本に戻って外国旅行で描く現地人を描く絵が
なかなかいい。
「客人(糸満)」など沖縄の人の絵は好きでした。
乳白色からの脱却とも取れます。
その後戦争画。アッツ島サイパン島の絵は
空想と写実が混ざって迫力あるものでした。
それ以上に、「争闘」と題された
ネコが14匹闘う絵は圧巻。
戦後、こうした戦争に加担したかどで
批判を受けたとのこと。
しかしこの絵を見る限り、彼が戦争に加担したとは
思い難い。

結局日本に居づらくなってなのでしょう、
ビザを進駐軍とコンタクトとって入手して
まずはアメリカへ。
そこで描いた絵は
全くアメリカンではない。
ヨーロッパへの郷愁。
その後念願叶ってフランスへ戻り帰化。
その晩年の絵はキリスト教帰依の宗教画中心。

駆け抜けた人生。
戦争に追われた人生。
しかしその中で商業画家として
職人画家としてきわめた感がありますね。
売れるものを描く。
食える絵を描く。
描きたいときに描きたいものを描く。
だから作風も変わる。
リクエストにも大いに応える。
そういうことなんだと思う。

自分には媚びない。

日本に帰った時に描いた日本家屋の中の
自画像がちょっとふざけた感じで
くつろいでいて、好き。
いわゆるゲージュツ家を気取らないところが
私はとても好ましいです。

行って良かった。
堪能できました。
posted by 大ねこ at 16:57| Comment(0) | 音楽・映画・芝居などの鑑賞 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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