2018年09月12日

中山七里「追憶の夜想曲」(講談社)

1年くらい前ですね。
前作の「贖罪の奏鳴曲」を読んだの。
御子柴こと園部が主人公。岬検事が相方。
残念ながら渡瀬は出ず。
弁護士として生きていく犯罪者が
今回何故か一文の得にもならないと思われる
夫殺しの女性を弁護する。
何故だろう。ずっと読み解けぬまま
最終章。
真犯人のめどは途中から立ちました。
それは当たって嬉しいんですけど
では何故弁護を引き受けたか、
そしてその真犯人が何故殺人をしたのか
いわゆる真犯人探し以上の
人間ドラマが点在しているのであります。
すごい、の一言。

御子柴自身の贖罪が前作なら
こちらは「鬼畜から人間に戻れる唯一の道」を
踏破した、ということです。
人は償って生きる。

私も今、半ば絶望の淵にいる。
この仕事を選んできたことを後悔する。
しかし、今更後悔する歳でもないし
罪はあっても功もあった。
逃げはしない。
けれど辞めどき。
中山作品を今読みつぐのは、
18歳の頃太宰を読みつぎ、
20歳の頃三島を読みついだのと同じ。
人生を作品に重ね合わせ、死から逃れた。
生きる希望を小説から得る。
それが今は中山作品。

冷静に犯人を追う渡瀬。
人に何を言われようと己の失敗を昇華する御子柴。
音楽と共に人間愛を演奏する岬息子。
裁判官の誇りを矜持として持ち続けた静。
みんな私の師です。
posted by 大ねこ at 21:44| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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