2018年10月08日

中山七里「恩讐の鎮魂曲」(講談社文庫)

中山ロスにはまだ間がある。
あと15冊くらいある。
今年中には終わっちゃうか。
どうしよう。
違う作者読むか。
今思案中。

これは御子柴シリーズ3作目。
贖罪、で示された御子柴の過去の事件の際
少年院の教官だった恩師稲見武雄の
介護施設での殺人事件の弁護に当たる。

もうあらかじめ犯人は稲見自身で
稲見本人が罪を認め
許される気がないことが提示される。
御子柴は恩師の思いを受け止めるがゆえに
その無罪を勝ち取るために奔走。

この御子柴シリーズは
どうも親類縁者や関係者で構成されるようですね。
したがって、
いつものように面白いのですが、
ちょっと設定に無理があると思います。
クライマックスにつれて
関係者の証言が積み重なり
偶然が偶然を呼ぶような流れになる。
そしてそれが結構重要。
ちょっとそれは都合良すぎやしないかという
思いが先に立ち、
終末に引きずられる気が。

しかし大局的なストーリーは相変わらず骨太。
人はなぜ嘘をつくのか。
その嘘にはどんな思いが隠されているのか。
犯罪者だったからこそ見える世界観へ
やはり読ませます。

稲見に贖罪意識を持ちながら
結局弁護しきれなかった御子柴が
稲見の生きざまを超えることはなし得ないし
許されない、ということか。
あるいは、稲見もまた
全ての人は罪深いという認識のもと、
御子柴も自分も愚かしいただの人間である、
という事実を御子柴や読み手に
伝えたかったのか。
一方で、事件に大きく関わることになる
介護施設の老女が言うところの、
男とは、利用しやすく与しやすいものだ
という話だったか。

いずれにせよ
さまざま思い悩むことの多い今の私には
あまり後味の良い意味で本ではなかった。

ひたすら中山さんの博学に
脱帽して
次の物語を楽しむことにします。
posted by 大ねこ at 17:57| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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