2016年06月10日

黒柳徹子「トットひとり」(新潮社)

カバーの写真のトットちゃんが美しい。
今NHKの「トットてれび」を楽しんで見ています。
(わざわざ録画しても見たい番組)
さすがNHKというつくりと、そのエピソードが
一つ一つ懐かしく、ああいいなあ、と思えるので。
じゃあ原作の方も読んでみたいと思っていたところ
古本屋においてありました。
定価のほぼ半額。買いですよ。

トットちゃんはおそらくADHD。
今ならそういう発達障害としての名前がつきます。
それでも人に愛され自分を成長させた人。
この本に出てくる著名人の数々は
錚々たる面々です。
向田邦子さん、渥美清さん、賀原夏子さん、
沢村貞子さん、森繁久弥さん、杉浦直樹さん、
そのほかに井上ひさしさん、つかこうへいさん、
永六輔さん、杉村春子さん、
さまざまなプロデューサーや脚本家、
演出家にAD、ニューヨークの演劇人。
それらの人に自分は愛されていたと
確信している(そして実際本当にそうだったでしょう)
この人を愛する力が
彼女を今もスターにしているんだと思います。

一時期、ユニセフ大使やパンダ評論家?など
手広すぎてどうなのかなあ、と思っていた
時期もありましたが、
すべて掛け値なしに彼女の本心本気から
行っていたことだったと後には分かりました。
「ザ・ベストテン」は毎週見ていましたし
時間が許す人生だったら多分
「徹子の部屋」は欠かさず見ていたとも思います。
あの独特のすっとぼけた話しぶりや
丁寧に話す育ちのよさなど
小気味よいではありませんか。
(時に何を言い出すか分からない不安感!!)

表題の意味は読み進むうちに分かりました。
「トット」は「ひとり」になってしまったのです。
みんな死んでしまった。
そんな喪失感が
書き残しておきたいもろもろとなって
時代区分も記憶順も関係なく
徒然なるままに書かれたのでしょう。
おかげでわたしたち読者は
とても素晴らしい芸能史や芸能人の人生観など
読むことができて幸せです。

とはいえトットちゃん自身も82歳。
何時どうなっても不思議ではない年齢です。
しかしまだまだどうか衰えず
書いて喋っていっていただきたいと思います。
「トットてれび」にでてくる徹子さんは
なんともキュートな無表情おばあさんを演じていますが
これがまたいい。
(もちろん主演の満島ひかりさんは最高です!!)
喜劇役者としての本領が
遺憾なく発揮されていると思って
毎週楽しんでいます。
この本を読んだので
次はどのエピソードが出てくるか、また
楽しみが増えました。
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2016年06月06日

能町みね子(能スポ」(講談社文庫)

題名は「能町みね子のときめきデートスポット」の略称。
ふざけているような気もしますが
大真面目な本です。

能町さんは「久保みねヒャダ」の番組で
知りました。
元男性で性同一障害だったらしく
性転換なさったようです。
(詳しくは知らない。知る必要もない)
東大卒のインテリさんです。
肩書きは漫画家だったりエッセイストだったり、
物書きであり喋りも利く才女です。
タモリさんたちとも組んでいるようで
「ヨルタモリ」にもいらっしゃいましたね。

「死にそうな」場所で「無名」で「へり」を探し
なかなかな面白い場所をルポしています。
可愛いイラスト=能町作が、小粋でよろしいです。
ラインナップとして
西高島平、台東区の吉原に静岡の吉原、
茨城の入地、鶴見線沿線、TDL以外の舞浜、
日野に野田、アルタ裏、上中里に田端、
武州長瀬、豊島区の東長崎、横浜の中村町、
辰巳と枝川、羽田。
おまけにJR岩泉線(現在廃線)一日全駅制覇。
この岩泉線のくだりがじんわりします。
旅とはこうであれという見本。
テレ東の旅番組にも通じるまったりさと必死さが
なんとも読んでいて楽しかったし
こう言う旅は、もう年食った今は難しい、
羨ましいとも思いました。

文章は正直それほどお上手ではないけれど
人柄がにじみ出る温かさがよかったです。
事件らしい事件もなく
美味しい店が出るわけでもなく
当たり前の人々がそこに暮らしている
その描写だけです。
それがまたいい。

能町さんの現場を拝見したいと思います。
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2016年06月01日

小玉武「「洋酒天国」とその時代」(ちくま文庫)

「洋酒天国」、むかーし親父が持ってきた記憶がある。
多分飲み屋においてあったそれをもってきたんだろう。
トリスも、うちにあった。
母親がほぼアル中だったので私は買出しにも出た。
ダルマ瓶も知っている。
私も若い頃飲んだ。
でもニッカのほうが好きだった。
ビールもエビス派だし
結局サントリーの商品はそんなに好きじゃない。
しかし、CMは別だし
美術館やホールなど
文化事業におけるサントリーは出色。
アンクルトリスは可愛い。

開高健や山口瞳を輩出したサントリー=寿屋は
わかっていた。
作家としての両名はそんなに好きじゃない。
ただ「洋酒天国」には興味があった。
この本を読んで「アンソロジー洋酒天国」
古本屋に注文してしまった。
いまでいう0円本のはしりである。
飲み屋においておき
ほしい人に頒布する類。
多いときは20万冊刷ったと言うんだから凄い。
いまだとほしいのは、銀座百店(点?だっけ)くらいか。

文化の宝庫としてスノッブの宝庫として
呑み助の宝庫として著名人の宝庫として
そして、いまや歴史と伝統の宝庫として
語り継いでほしい本だ。
印刷文化が生きていた時代、
バーが庶民のものになった時代、
モダニズムの旗手として息づいていた時代。
ちょっと憧れる。
そのとき私はまだ子供だったから。
あれですね、大正文化に憧れるのとほぼ同等。

1902年から1912年に生まれた人々、
筆者いわく、清水俊二、植草甚一、淀川長治、双葉十三郎、
大宅壮一、小津安二郎、黒澤明、太宰治、坂口安吾、等々。
彼らが円熟期に「洋酒天国」は生まれたし書かれた。

本書で扱われる面面。
開高、山口、柳原良平、植草、薩摩治郎八、埴谷雄高、
そして山本周五郎にサントリーの人々、天野祐吉、
そりゃ、私好みですわ。

では「洋酒天国」届くのを楽しみにしています。
(本は今積ん読がいっぱいなくせに)

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2016年05月24日

古今亭志ん生「びんぼう自慢」(ちくま文庫)

原体験のない名落語家志ん生の本、
前回読んだ「なめくじ艦隊」とほぼ同工異曲。

16回も改名し、夜逃げ同然で家賃踏み倒して
引越しを繰り返した志ん生師匠。
奥さんなくしてはここまで大成しなかったこと、
戦争中に満州で九死に一生を得たこと、
息子志ん朝が跡継ぎになったこと等が
彼を名人にならしめたと再認識。

CDで「火焔太鼓」持っています。
聞いたものの、臨場感には乏しい。
やはり目で見たい、と思ったものです。

ただ「この話3回目!!」なのに
飛ばし読みはしません。
ていうか、できません。
やはり、語り口や表現力が素晴らしいからかと。
ついつい「しってるし」と思うのに
読み進めている。

しかし
明治から昭和初期の噺家の
乱れきった生活に
今は昔の感が。
飲む、打つ、買う、とは
聞くものの
また、うちの父もそうした感があったものの
こんなに金のない生活を
我慢してきた妻に
頭が上がらないのでありました。

そういえば先日
喜多八師匠ががんでお亡くなりになりました。
亡くなる前の落語教育委員会で
「死神」をパロったと聞いています。
落語家って、死をも覚悟して
笑いに変えていく、を体現されたんだと
胸に迫るものがあります。
「笑点」の歌丸さんも引き際を考えて
司会を引退されましたが
これから独演会や高座が目白押しなんです。
死ぬまで現役、をこちらも体現。

やはりしばらく落語の追っかけは
続きそうです。
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2016年05月18日

「らくごころ〜落語心」(ぴあ)

橘蓮ニさんの落語家の写真満載で
買いました。
内容は
「十人のキーパーソンに訊く演芸最前線」です。
ロック雑誌編集者、広瀬和生さん。
鈴本席亭、鈴木寧さん。
北沢タウンホールなどの館長、野際恒寿さん。
落語プロデューサー、木村万里さん。
横浜にぎわい座チーフプロデューサー、布目英一さん。
渋谷らくご主催、米粒写経の1人、サンキュータツオさん。
らくごカフェ代表、青木伸広さん。
東京かわら版編集人、佐藤友美さん。
上方落語作家、小佐田定雄さん。
そして演芸写真家、橘蓮二さん。
おまけで橘さんと歌手さだまさしさんの対談。

桂吉弥さんや瀧川鯉昇師匠やそのお弟子、
立川生志、笑二さん、
古今亭菊之丞師匠、柳家さん喬師匠、
等々、聞くべき方が目白押しになってしまった。
らくごカフェにも一度は行かなきゃだし、
渋谷やシモキタはいささか遠くて(特に渋谷は苦手だ)
敬遠気味だけどやっぱり楽しそうだし
困ったもんだ。

案内書としての機能は素晴らしい。
さすがぴあです。
署名のセンスも光ってますね。
手元において時々橘さんの写真で
ニヤニヤしたい本です。
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2016年05月17日

柳家喬太郎「落語こてんパン」(ちくま文庫)

やっぱ落語はいいです。
喬太郎さんの落語は
まだそんなに聞いていませんが
また聞きたくなりました。
文章もノリもそんなに(正直)面白みはないんですが
照れ屋で正直な人柄がうかがえました。
なんと私よりは少しお若い。
これからの名人ですね。
(ご本人は名人には憧れていないようですが)

ここには
50席の落語についての解説やら評価やらではなく
淡々と紹介されている感じです。
今までに聞いた噺もいくつかありますが
まだまだ落語新参者の私には
聞きたくても聞いていないものもたくさん、
いよいよホールや寄席に行きたくなります。

もともとCDやDVDで噺を聞くのは苦手です。
多分そこに生きてしゃべる噺家さんを見たいからでしょう。
生に限ります。
だから「青菜」のようにやたら聞く噺と
「うどんや」のように聞いてみたくても
縁のない噺もあります。
それもそれ、ご縁だと思って
この先の私の道楽にしていきたいと思っているので
焦りません。
喬太郎師匠は新作も多く手がけていらっしゃるとかで
どちらも興味深い方だと思いました。

噺の情報以外にも
さん喬師匠や入船亭扇辰師匠など
喬太郎さんの近くにいる方など
まだ未見の噺家さんの噺も聞きたくなりました。
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2016年05月13日

坂爪真吾「性風俗のいびつな現場」(ちくま新書)

学校現場でも常々感じることから。
ADHDとかアスペルガーとか自閉症とか
いっぱい今は名前がついて
「特別支援」という名の下、
いわゆる「困った」ちゃんや普通に学習できない子など
昔よりはうんと住みやすくなりました。
学校内部にも今は
支援員、スクールカウンセラー、「○○学級」といわれる
特別支援関係の先生方がびっくりするくらいいます。
それでもやはり毎日支援していただくわけではなく
担任は苦しい日々なことも事実で
昔よりそうした子が増えているんだとも思います。

不思議なことではありますが
学校現場では圧倒的に男児に該当者が多い。
ぶっちゃけ9対1くらいの割合で男児です。

しかるに本書に出てくる軽度発達障害、知識障害は
当然女性であって、潜在的には
女児にも多いのでは?と認識を新たにしました。

東大で上野千鶴子先生にも師事し
風俗は決してなくならない必要悪だと
逃げず述べる潔さは、好ましかった。
落語ではネタの一環に「吉原」は欠かせませんが、
現在とて女性が手っ取り早く稼ぐには風俗だし
男性のニーズは悲しいかな、なくなりそうもない。
文学上でも社会学上でもこうした女性たちが
どれだけ歴史を救い、人類を救ったか。

ここに出てくる風俗は母乳専門店だったり
激安デリヘルだったり熟女店だったりと、
いわば行き場のない最下層の人々の姿です。
しかしオーナーや社長たちの目は温かい。
女性をどこかで救わんとする温かさがある。
さらにそこにソーシャルワーカーや弁護士たちも関わる姿を
何も知らない私たちに知らせてくださってます。
女性軍にも大いに課題や問題はあることも提示し
(自虐、自己否定、泥沼の借金、知恵不足等々)
それでもわれわれの社会がこうした貧困連鎖を
作り出している事実から目を背けないよう示唆します。
稼がねば食えない、女1人生きるすべとして
今昔、性に身をひさぐのであります。

学校同様、救いの手は多いほうがいい。
知恵を授けなければ
生きるすべの選択肢は狭まるばかり。
 
やさしい社会、とは
彼が言う「グレー」でいいと私も思います。
白黒つけるとろくなことはない。
白ばかりなわけなし、黒ばかりの世など悲しすぎる。

最後のクイズがわたしには全く分かりません。
何かスラング的な言葉なのか
識者が好む知ったかぶりの言葉なのか
どちらかだとは思いますが。
一般の性風俗の本には必ずあって
本書には一度も書かなかった言葉は何か
というクイズですが
「ナオン」的な女性蔑視語か
「倫理」的な知ったかぶり語か。

知りたいです。
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2016年05月09日

柴田よしき「シーセッド・ヒーセッド」(講談社文庫)

GW、終わりました。
昨日は小ねことカラオケ三昧。

この作者、いまググったらなんと女性でした。
わたしと同い年だ!!
そうかあ、だからやたらに細部の状況に
共感できたんだなあ。

三浦しをんさんお勧めの小説のひとつ。
三浦さんの本を読まなければ
恐らく一生読むことはなかった作者です。
やはり本の出会いっていいなあ。

正直言って、東さんの小説に比べると
好みとしてはその下になりますが
先ほども書いたように細部で共感ができるので
読んでいて矛盾点やご都合主義もありながら
小気味よく読み進めることができました。
何より主人公の保育園園長探偵、花咲さんが、いい。
暗い過去や、保育園の借金や
冴えないところありつつも、人として
なんともいい人で、嬉しくなります。
新宿の繁華街にある無認可保育園。
様々な人が出入りする雑多な世界。
漫画「深夜食堂」を彷彿とさせます。
憎らしい借金先のやくざ、山内もなんか憎めない。
むかつくけどね。

ビートルズの曲名を捻った題名も
ちょっとダサめで、嫌いじゃないです。
もう一作ぐらい読んでみようと思います。
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2016年04月30日

美濃部美津子「おしまいの噺」(アスペクト)

しをんさん推薦の本、第1冊目。
いやいや、うつくしいはなしでした。
そう、うつくしい、とひらがなで書きたい。
やさしい、でもいい。
あたたかい、でもいい。
無論、ここに描かれているのは多分きれいごと。
しかし、そのきれいごとが、いい。
実際にはたくさんの諍いや面倒ごとがあるはずだけど
それらを超えて、あたたかい。
これは、ひとえに美濃部さんご自身の
人間性ではないかしら。
あるいは、大正昭和のよき時代の
奥床しさの賜物かもしれません。

筆者は、古今亭志ん生の長女。
金原亭馬生、古今亭志ん朝の姉。
池波志乃の伯母でもありますな。

母親(志ん生の奥さん)にきっと似ている。
生活者としてはろくでなしの亭主に
一切文句も言わず、子供に苦労をおしまず
兄弟姉妹仲良く暮らさせた母親の鑑。
ずっと後に生まれた志ん朝(強次)とともに
戦争中、疎開してしまった母親(恐らく溺愛)。
おいていかれた寂しさや不満をものともせず
満州に父親も行ってしまったから
ある意味妹と弟の面倒を見て一家の柱になり
頑張った美津子さん。
戦後に一家が揃ったときには
大喜びできる家族の持つ強さ、あたたかさ。

どうしようもない破綻者の面を持つ父親、
しっかり者の母親、
けれどおそらくそこには裏切らない何かが
あったんでしょうね。
すべてを受け入れる人間としての器。
きっと志ん生師匠は、だから、噺が上手かったんだろう。
そして、志ん朝師匠も不世出の名人になったんだろう。
ただ、話が上手い、だけではない何かを
この美津子さんの文(恐らくは口述筆記)にも
感じました。

噺家の一生、としても
噺家2代記としても
家族の物語、としても
読むに耐える、いい本でした。

美津子さんは現在も存命中で92歳とか。
是非是非長生きして
また何かわたしたちに語りかけてくださったら
うれしいです。

さてGW突入。
昨日出勤日だったので
私はなんと6連休。
一切仕事から離れて好き勝手に生活する予定です。
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2016年04月27日

三浦しをん「三四郎はそれから門を出た」(ポプラ文庫)

もうすぐGW。
混み合う時期、遠出は避けたいです。
東京の商店街など気になる街歩きを
しようかと思案中の私です。

今日は1年生の遠足。
近場ですが45分ほど歩かせ
一杯遊ばせました。

熊本の大地震はまだ予断を許しませんね。
これが東京なら甚大な被害、
熊本の皆さんも本当に休まることがないと
心痛をお察しします。
原発は本当に稼動全部中止してほしい。

さて、本書からインスパイアされた本を
早速購入。
なかなかに三浦さんは渋好みで
私も本好きですが足元にも及ばぬ読書量で
ここに掲載されている本のほとんどは
未読のものばかりでした。

本の紹介も結構ありますが
軽いエッセイも含み
厳密には書評書というよりはエッセイ集です。
三浦さんは恋愛には無縁?のようで
風呂にも3日入らずにすみ
本にまみれた部屋で
暇さえあれば読書を楽しむ方のようです。
家族と同居し
お母様もなかなかにユニークな方のようですし
弟さんも(やや引きこもり気味のご様子)
三浦さんをブタさんと呼び習わし
仲のよい感じがしていいなあと思います。
無論、そんなきれいごとではすまない
もろもろもおありでしょうが
私は好きな家族の形態です。

想像力を駆使して
女友達を大切にして
漫画中心?に日々読書で研鑽を積む
素敵な方ですね。

彼女がお勧めの本を
この先少し読んでいきたいと思います。
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2016年04月22日

内田百陲百鬼園随筆」(新潮文庫)

ぶっちゃけます。
読み終わるのが苦痛でした。
きっと好きな方は好きなんだと思います。
文章も晦渋があって明瞭にして不明瞭、
ついついその独特な世界観に惹きこまれる、
そんなタイプの楽しさは素晴らしいです。
しかし、私はダメです。
好みの問題であって
その文章力は脱帽です。

借金をして
法政大学でドイツ語の教授をし
博学にして孤高、
世に媚びず、自分のルールで生きる。

ダメだ。
面白いと思えない。
残念です。

そもそも忙しすぎて
じっくり文章を味わう時期ではなかった。
楽しいけれどとにかく忙しい。
一方で
昨年度育て上げた現2年生の担任が
突如病休!!
合わない、疲れた、精神がダメ・・・・・。
だって相談に乗るっていったのに。
大変なクラスをここまで仕上げたのに
もうダメって、あんた、まだ新学期始まって2週間だよ。
たかだか2年生だよ。
わたしに会うとニコニコ手を振る子どもたちだよ。
きっちり自分のものにしなよ。
何なんだよ、壊すなよ。

そういう心境だったので
余計、・・・・・・かもしれません。
また次回はきちんと書きます。
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2016年04月16日

津野海太郎「花森安治伝」(新潮文庫)

本日は職場の歓送迎会。
温かででフランクな会となりました。
しかし私はどうもこういう会が得意ではない。
得意そうに見えるようですが
実は大集団で群れるのは好きではないのです。
ですから一次会でさよなら。
昔からビールを注ぎまわるのも嫌い。
不特定多数と「どーもどーも」も嫌い。
実は教師がよく言う「子供が大好き」というのも
わたしには当てはまらないらしい。
それなのにここまで勤めているのも
自分の中の七不思議です。

昨日は熊本で震度7という大きな地震。
津波がなくて本当によかった。
死者もあり、倒壊もありで失礼な言い方かもしれませんが
まずは津波がなくてよかった。
久々の揺れまくる映像をTVで見て
肝を冷やしました。

「とと姉ちゃん」なる連ドラが人気のようで
かの「暮しの手帖」の大橋鎮子さんのお話のようで
それに便乗した本のように帯には書かれていますが
私はそれと無縁に
単に花森という男性の生き様に興味を持って
本書を読みました。
大橋さんの本も以前に読んでいますし
「暮しの手帖」は実際好きですし
その中のコラム「すてきなあなた」はいつも
上品なエッセイで好きでした。

しかしなにより「暮しの手帖」の巻頭文、
花森さんの手になる字体と言葉が好きでした。

本書を読み知っていたこと
(戦時中は大政翼賛会の一員だったことなど)
も含め、花森さんがどんな人だったか
楽しい堅苦しくない文体で
緻密な研究で調べ上げ
(何しろ花森さん自身、自分のことは
語りたがらなかった人のようです)
読み物としても感じのよい作品になっています。

頑固者で
女装したりする奇矯な趣味もあり
こわもてのお顔で
一本気で
戦争に加担したことを強く悔いて
(ぜいたくは敵だ、は花森さんの作)
スポンサーを一切つけずに「暮しの手帖」を発刊し
自由に製品テストをして
「生活に役立つ本物」を消費者に提示し続けました。
ワンマンで
がむしゃらで
やんちゃで
徹底的で
仕事熱心で
執着心は人一倍、
大正の空気の中で育ち
昭和の高度成長まで見続けた
名物雑誌編集者といえるでしょう。
むずかしいことをやさしく、とは
まるで井上ひさしさんと同じ。

現在マスコミ統制がしかれ
真実がわたしたちまで届かなくなって
こうした気骨のある編集者がいなくなり
(筑紫哲也さんまででしょうか?)
「センテンススプリング」と揶揄されて
喜ぶ芸能情報誌に成り下がった男性週刊誌には
今や政治批判は消えて
エログロやゲスな芸能関係者の不倫やクスリ情報で
コメを買う記者や編集者が増大中です。

むずかしいことをやさしく伝えてください。
現在「週刊金曜日」の読者ですが
好きな雑誌ではあれど
難しいことが難しいままなことが
気になっています。

花森さんがなくなって久しいですが
今再びのこうした編集者が出てほしいと
願うばかりです。

そう
人は間違うのです。
間違うからこそ
学ぶのですし、考えて次を工夫するはずです。

今回の地震も
起きてしまったことからまた再び
災害を最小限に食い止めるべき方策を
国に期待したいものですが
原発なんてもってのほか、ということが
言いにくい世の中って何でしょうか。
沖縄は、いったいいつ
アメリカの呪縛から自由になるのでしょうか。

等々、ちょっぴりまじめに
考えたくなるきっかけをいただいた本でした、

ところで入学式からたった7日、
たくさんのことを1年生に教え
教師も子供たちも溺れそうになりながら
微笑んで「はじめの一歩」を刻んでおります。
笑顔、大切です。
手放しで子供が可愛いと思ったことはありませんが
笑顔を共有できる
その喜びで私はこの仕事を
不向きなまま30年以上も
続けているのかな、と
今、思いました。
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2016年04月10日

ナンシー関「何はさておき」(角川文庫)

1日で読めました。
TVや芸能界、身辺に落ちている話題
(日能研のNバッグ、私も気になっていた)
を、拾っては優しく冷たく、研ぎ澄まされた
感覚で一刀両断(に見せないけど、結果一刀両断)
にしているエッセイ集。
こういうテレビコラム的なものは
旬を過ぎるとどうしても味が落ちるのです。
刹那的、っていうんでしょうか。
賞味期限が短い分野にあえてたくさん書き残した
ナンシーさんの文才は
それでもいい感じで伝わってきました。
ほんと、今現在なら
まさにマツコ・デラックスさん。

こういう方々がいるから
TVも古びない。
斜め30度位の角度から人や番組を眺め
大方の視聴者がうまく言葉にできないような
サムシングを文に書ききってくださる喜びは
大きいですね。
小林信彦さん然り、ナンシーさん然り。
TV界は政界へではなく、
こうした目利きの視聴者の言を大切に
製作してほしいと思います。
ちなみに
ナンシーさんはドラマを連続しては見ない。
初回はしっかりご覧になったそうです。
つまりその心は
最後まで見るに耐えうるドラマは
あまりに少ないということですね。
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2016年04月08日

嵐山光三郎「東京旅行記」(知恵の森文庫)

1990年代後半に書かれ
その後の推移を足し算して2004年出版された
本にもかかわらず
実にじっくり愛読してしまいました。
筆者と坂崎重盛氏と大島一洋氏で歩いた
東京のそこかしこ、グルメリポート。
アポなし、ふらり立ち寄りをモットーに
素の散歩雑記、
だからいいのです。
もちろん金持ちの道楽めいた記述も多いのですが
嵐山さんのおじん臭い筆致が好物なので
気にもなりません。

月島、佃島の天安、田中屋、丸久、酒房岸田屋。
湯島天神下の居酒屋シンスケ。
神楽坂界隈。
(先日美味しい店を見つけました。ここはわたしのマイブーム)
人形町界隈。
(真っ先に行きたい町)
深川からの門前仲町の永代通り沿いの魚三市場。
早稲田界隈にまもなくなくなる築地界隈。
このゴールデンウイーク、
東京を歩こう。
そんな決心したくなる本でした。
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2016年03月31日

万城目学「ザ・卍固め」(文春文庫)

76年生まれなんだね。
今年40歳か。
まだまだ若い。
内容はなかなかに渋い。
大阪、奈良、京都の関西圏の男らしい
ユーモア感覚が私は好き。
伊坂さんがどっちかというと真面目派
(でもないですけど)だとすると
万城目さんは筆致はお笑い系。
空想のセンスは甲乙つけがたい。
量産型が伊坂さんで
寡作肌が万城目さん。

エッセイ集で分かることは
江戸川乱歩や稲垣足穂、志賀直哉等に言及し
尊敬しているものの
最もなるほど感のあるのが
車谷長吉さんが好きだということ。
サッカーも好きで
バックパックで海外にも行っていること。

東電の株主だった2011年当時の株主総会での
顛末記はなかなか読み応えがあった。
何の批判もせずにここまで東電の体質を
あばいた文ははじめて読んだ。
他にも台湾でのサイン会の顛末記も
温かくて好き。
穏やかで骨太で、でもそれを隠して
ユーモアとセンスで書き切る文体は
味わい深いです。

同世代作家の森見さんや綿谷さんとの
鼎談も面白い。
私は3人なら断然万城目さんです。

気になるのは
城崎温泉だけで売られているという
お風呂で読める筆者の作品
「城崎裁判」。
「城の崎にて」のオマージュを含んだ
ユーモア小説らしい。
手に入れるためには城崎に行く必要がある!!

行きたくなりました。
まだ販売しているかな。
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2016年03月25日

羽田圭介「「ワタクシハ」」(講談社文庫)

本日卒業式。
新しい人生に向かって羽ばたいてね。
新しい学年の発表。
中学年を希望したのですが。
種明かしは4月に。

TVでよく見る羽田さん。
どんな小説書くのかと
新古書店で購入。
正直に申し上げますと、
「解説」では素晴らしく絶賛されていましたが、
私は結構です、です。
もしかしてこの小説がイマイチなのかも、で
別のをもう一冊あたってみますが
今のところ期待していません。
いえいえ、決して下手な方ではありません。
文章もお上手で読みやすいです。
内容は「就活」する20そこそこの若者の
「就活」とは何ぞや、おのれを捨てることか、など
葛藤なさる小説です。
エントリーシートに自分を書き込み、
下手な鉄砲をたくさん撃ち、
互いを尊敬したり分かりあったり卑下しあったり。
仲良しだったり気分は差別だったり。
いまどきの彼らなんでしょうか。

そもそも「就活」とは何ぞや、という疑問はなく、
巨大な組織の掌で踊らされていることは自覚しつつも
原点を見極めない姿勢に
いくら「あばき」をしたところで
説得力はなかった。
さらに主人公はギタリストで
日々ストイックに練習し、かつてヘビメタバンドとして
デビューもし、CDも出しているという
なんとも恵まれた存在。
両親もいい人でそれなりの一流大学。
ここから誰が何を得るのだろう?
結末もちょいハッピーモードで
この子、何がしたかったんだろう?

今はこういう時代ですよ、って
いいたかったのかな?
若者も頑張っているんだよ、って
伝えたかったのかな?

働くって何なのかな?
ここからそれは見えてこなかった。
読んでいて、グダグダしていて
飽き始めていた読者がいたことも
知っておいてね、羽田さん。
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2016年03月21日

井上ひさしほか文学の蔵編「井上ひさしと141人の仲間たちの作文教室」(新潮文庫)

3連休、どうということなく終了。
混む時に動くのが苦手なので。
今日は初めてヒトカラなるものをやりました。
結構解放的になれるものだと納得。

教師にはついて回る「あゆみ」、またの名を「通知表」
なるものがあります。
東京都の教師たちはそれはそれは丁寧に所見を書きます。
埼玉の某所のあゆみの所見はひどいです。
2〜3行で「そんなこと親も知っとるわい!」の内容で
わが子は9年間過ごしました。
ですから一般論になるかどうかは分かりませんが
われわれ東京都の学年担任は所見を書く時期は
正直憂鬱です。
ペン書きの頃はメモしておいて直書きで、
ミスしたら修正消しゴムや器械でゴシゴシ。
ですから「ええい、書いちゃったものはしょうがない!」
精神で管理職もよほどの悪文でない限りOKだったんです。
しかしこの頃はパソコンで入力ですから
修正がいくらでも利きます。
これが曲者で、
「自分で入力」→「自分で修正」→「時間を置いてさらに修正」
→「管理職にプリントアウトしたものを見せ朱書きされる」
→「自分で修正」→「学年で見合う」→「修正」→「管理職に決定稿
を見せてまた朱書きで何枚か戻る」→「本当の決定稿」
この果てしない「修正」に、おのれの文才のなさを嘆くのです。

おっかしいなあ〜。国語専門で免状貰ったよな〜〜。

でも、ここで本作を読むと
ああ、私が修正されるのもむべなるかな、と
いたく納得。
我が現在の管理職は非常に優秀な方で
朱書きも一流なら、修正の例文も優秀で
そりゃ私なんぞまだまだです、と脱帽しつつも
ここまで細かいのかよ!と思うこともしばしば。
が!
井上先生の「文章教室」はもっと手厳しい。
そしていたく納得。
文は相手に通じて何ぼ、という基本が
書いている間は忘れがち、だということです。

これは一関で実際に行われた作文教室を
リアルに再現した本で、井上さんは講師として
お話になっている本です。

目からうろこ1
国によって名詞の種類や数が異なる。
日本では家畜を表す言葉は少なく魚や虫、鳥は多い。

目からうろこ2
「を」の使用法。
「を」は、出来上がったものを指すきまりの助詞。
「水を沸かす」ではなく「お湯を沸かす」が正解。
「コメを炊く」ではなく「飯を炊く」が正解。

目からうろこ3
そもそも、日本語も日本人も
戦争するようにはできていない。

目からうろこ4
国語教育、作文教育は、まず、ものをよく見る、
その見たことを、そのまま書くということを
しっかり教えなくてはならない。
(感想文や気持ちを書いている場合ではない)
(事実を書かせるなら、子供たちはきちんとかける、
感想など求めるから作文嫌いになる)

目からうろこ5
「は」と「が」の違い。
「は」は、もう明らかになったことに付く。
「が」は、未知のものに付く。
「あるところにおじいさんいた。
おじいさん、山へ芝刈りに行った」
ふむふむ。

などなど
薀蓄がいっぱい。
さらに巻末には、ここで学んだ方の400字作文が掲載。
皆さんうまい。

改めて自分の文の拙さ、というか
思い込みばかりの文に気付きました。
所見を書く作業は
その子のよさや改善点や課題を
とにかく保護者に端的に伝えるもので
ついつい長くなってしまう私は
次回書くときに、ここで読んだもろもろを
ぜひとも生かしていこうと思うのでした。

ていうか
最近の作家も、悪文、多いよね。
年のせいか
過去の文学をもう一度読もうかと
昨日行った古本屋で
「内田百間」や「林芙美子」を買ってしまいました。
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2016年03月17日

福田定良「落語としての哲学」(法政大学出版局)

落語、に惹かれ
買ったものの
その内容の哲学ぶりに
そして荒唐無稽な展開に
さすがに途中放棄。
第一部は未開文化の話
ニオング人の話。
うーーーむ。
第二部がかろうじて読了。
柳家小梅なる人物が
筆者と落語的手法で哲学論、
その後に出てきたのが
小梅が書く「気」についての話。
落語的手法なので読みやすかった。
第三部が天下の愚書「ことのしらへ」の
読解を装った言語学も交えての
哲学(だと思う)的内容。

どこまで本当で
どこからが虚構か不明。
そんな人物が本当にいたのか
そんな本が本当にあるのか
それを考えていると
だまされたような気にもなり
しかし書いてあることを
まじめに読めばきっと
なかなかに賢くなるような
平易な文ではあるのですが
何分わたしの求めているものとは
大きく異なっていたので
今回は放棄でした。

決してつまらない本ではありません。
示唆にも富んでいるし
分かりやすさについては
その辺の哲学書の比ではない
庶民感にあふれています。
一例だけ出しますと
「いき、とは
なさけといなせが結びついたところに
うまれた気風であり風俗である」
ああ、いいね、と思います。

法政大の哲学科教授だったという
この先生は、なかなか話の分かる
落語好きの楽しい先生だったんでしょう。
出会って学んでみたかったですね。
posted by 大ねこ at 22:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書の記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月13日

矢野誠一「文人たちの寄席」(白水社)

1997年刊行。
内容は1977年のもの。
もう40年も前の文章。

寄席、とはあるけど
内容的には芸能一般。
しかも当時の噺家や浪曲家のこと、
さっぱり分かりません。

前半は文士たちと芸能、
後半は文学と芸能です。

有名な永井荷風や川端康成は
さすがに知っていましたが
芥川や高見順などはへええ、でした。
森鴎外は予想以上に遊び人だったし
泉鏡花もなるほどでした。
で、なんとなく往年の小説を
読み返したくなる感傷を味わううち
後半、
樋口一葉の明治の吉原風景「たけくらべ」、
昭和に入っての
山口瞳「江分利満氏の優雅な生活」、
堀辰雄「不器用な天使」など
読んでもなかった小説群が
なんとも懐かしい香りをもって
わたしの周りに立ち昇ってきました。

そんな効果はありましたが
肝心の噺家については
あまり知識を得ることは
できませんでした。

ま、やはり、高座がすべて、
ってことですね。
posted by 大ねこ at 18:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書の記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月09日

文藝別冊「ナンシー関 トリビュート特集」(河出書房新社)

2003年の本です。
先日読んだ関さんの
人間性に興味をもって
どんな人となりか知りたくて
古本で購入。

あの消しゴム版画って
彫ったところが黒いのか
不思議でした。
けど、この本文中に
黒白反転してる?みたいな
文があって
ああ、と納得。
版画家としても面白いけど
何よりTV評論家?としての
センスが卓越してると思いました。
生きているときには
変わったお姉さんがいるな、
くらいにしか思わなくて
ちょっと残念です。

今で言うと私的には
マツコさんかな。
センスの良さ、人を根本で
傷つけないところが
似てる気がします。
寸鉄で一刺しグサリ、も。

TVの内容や登場人物で
誰もがなんとなく思うことを
「すっと頭に入る」ように書けることが
すごい、と放送作家で対談もよくなさった
町山広美さんが言うと
同様に対談者のリリーさんが
「モヤモヤしていて「何だったんだろう?」
と思っていることを
「これだったんだ」と確認」できる
文だったと受けています。
ははあ。

「本人たちにとってはほとんど
「素」を露呈させたにすぎないかもしれない
ような事態を、一つの積極的な
「芸」として読み変えることで、
それを娯楽として救い出そうと
したということだろう」
社会学者、長谷正人さんは
小林信彦と対比しながら
TVと関わる時代性の違いを交え、
納得できる文章で書いています。

消えていく文化、
消費される文化、
刹那的な文化としての
TVにある意味をおいた辺りに
彼女の慧眼があるようです。
青森生まれの賢く歌のうまい
お嬢さんだったようで
40前の急逝は惜しいですね
posted by 大ねこ at 21:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書の記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする