2016年04月10日

ナンシー関「何はさておき」(角川文庫)

1日で読めました。
TVや芸能界、身辺に落ちている話題
(日能研のNバッグ、私も気になっていた)
を、拾っては優しく冷たく、研ぎ澄まされた
感覚で一刀両断(に見せないけど、結果一刀両断)
にしているエッセイ集。
こういうテレビコラム的なものは
旬を過ぎるとどうしても味が落ちるのです。
刹那的、っていうんでしょうか。
賞味期限が短い分野にあえてたくさん書き残した
ナンシーさんの文才は
それでもいい感じで伝わってきました。
ほんと、今現在なら
まさにマツコ・デラックスさん。

こういう方々がいるから
TVも古びない。
斜め30度位の角度から人や番組を眺め
大方の視聴者がうまく言葉にできないような
サムシングを文に書ききってくださる喜びは
大きいですね。
小林信彦さん然り、ナンシーさん然り。
TV界は政界へではなく、
こうした目利きの視聴者の言を大切に
製作してほしいと思います。
ちなみに
ナンシーさんはドラマを連続しては見ない。
初回はしっかりご覧になったそうです。
つまりその心は
最後まで見るに耐えうるドラマは
あまりに少ないということですね。
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2016年04月08日

嵐山光三郎「東京旅行記」(知恵の森文庫)

1990年代後半に書かれ
その後の推移を足し算して2004年出版された
本にもかかわらず
実にじっくり愛読してしまいました。
筆者と坂崎重盛氏と大島一洋氏で歩いた
東京のそこかしこ、グルメリポート。
アポなし、ふらり立ち寄りをモットーに
素の散歩雑記、
だからいいのです。
もちろん金持ちの道楽めいた記述も多いのですが
嵐山さんのおじん臭い筆致が好物なので
気にもなりません。

月島、佃島の天安、田中屋、丸久、酒房岸田屋。
湯島天神下の居酒屋シンスケ。
神楽坂界隈。
(先日美味しい店を見つけました。ここはわたしのマイブーム)
人形町界隈。
(真っ先に行きたい町)
深川からの門前仲町の永代通り沿いの魚三市場。
早稲田界隈にまもなくなくなる築地界隈。
このゴールデンウイーク、
東京を歩こう。
そんな決心したくなる本でした。
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2016年03月31日

万城目学「ザ・卍固め」(文春文庫)

76年生まれなんだね。
今年40歳か。
まだまだ若い。
内容はなかなかに渋い。
大阪、奈良、京都の関西圏の男らしい
ユーモア感覚が私は好き。
伊坂さんがどっちかというと真面目派
(でもないですけど)だとすると
万城目さんは筆致はお笑い系。
空想のセンスは甲乙つけがたい。
量産型が伊坂さんで
寡作肌が万城目さん。

エッセイ集で分かることは
江戸川乱歩や稲垣足穂、志賀直哉等に言及し
尊敬しているものの
最もなるほど感のあるのが
車谷長吉さんが好きだということ。
サッカーも好きで
バックパックで海外にも行っていること。

東電の株主だった2011年当時の株主総会での
顛末記はなかなか読み応えがあった。
何の批判もせずにここまで東電の体質を
あばいた文ははじめて読んだ。
他にも台湾でのサイン会の顛末記も
温かくて好き。
穏やかで骨太で、でもそれを隠して
ユーモアとセンスで書き切る文体は
味わい深いです。

同世代作家の森見さんや綿谷さんとの
鼎談も面白い。
私は3人なら断然万城目さんです。

気になるのは
城崎温泉だけで売られているという
お風呂で読める筆者の作品
「城崎裁判」。
「城の崎にて」のオマージュを含んだ
ユーモア小説らしい。
手に入れるためには城崎に行く必要がある!!

行きたくなりました。
まだ販売しているかな。
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2016年03月25日

羽田圭介「「ワタクシハ」」(講談社文庫)

本日卒業式。
新しい人生に向かって羽ばたいてね。
新しい学年の発表。
中学年を希望したのですが。
種明かしは4月に。

TVでよく見る羽田さん。
どんな小説書くのかと
新古書店で購入。
正直に申し上げますと、
「解説」では素晴らしく絶賛されていましたが、
私は結構です、です。
もしかしてこの小説がイマイチなのかも、で
別のをもう一冊あたってみますが
今のところ期待していません。
いえいえ、決して下手な方ではありません。
文章もお上手で読みやすいです。
内容は「就活」する20そこそこの若者の
「就活」とは何ぞや、おのれを捨てることか、など
葛藤なさる小説です。
エントリーシートに自分を書き込み、
下手な鉄砲をたくさん撃ち、
互いを尊敬したり分かりあったり卑下しあったり。
仲良しだったり気分は差別だったり。
いまどきの彼らなんでしょうか。

そもそも「就活」とは何ぞや、という疑問はなく、
巨大な組織の掌で踊らされていることは自覚しつつも
原点を見極めない姿勢に
いくら「あばき」をしたところで
説得力はなかった。
さらに主人公はギタリストで
日々ストイックに練習し、かつてヘビメタバンドとして
デビューもし、CDも出しているという
なんとも恵まれた存在。
両親もいい人でそれなりの一流大学。
ここから誰が何を得るのだろう?
結末もちょいハッピーモードで
この子、何がしたかったんだろう?

今はこういう時代ですよ、って
いいたかったのかな?
若者も頑張っているんだよ、って
伝えたかったのかな?

働くって何なのかな?
ここからそれは見えてこなかった。
読んでいて、グダグダしていて
飽き始めていた読者がいたことも
知っておいてね、羽田さん。
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2016年03月21日

井上ひさしほか文学の蔵編「井上ひさしと141人の仲間たちの作文教室」(新潮文庫)

3連休、どうということなく終了。
混む時に動くのが苦手なので。
今日は初めてヒトカラなるものをやりました。
結構解放的になれるものだと納得。

教師にはついて回る「あゆみ」、またの名を「通知表」
なるものがあります。
東京都の教師たちはそれはそれは丁寧に所見を書きます。
埼玉の某所のあゆみの所見はひどいです。
2〜3行で「そんなこと親も知っとるわい!」の内容で
わが子は9年間過ごしました。
ですから一般論になるかどうかは分かりませんが
われわれ東京都の学年担任は所見を書く時期は
正直憂鬱です。
ペン書きの頃はメモしておいて直書きで、
ミスしたら修正消しゴムや器械でゴシゴシ。
ですから「ええい、書いちゃったものはしょうがない!」
精神で管理職もよほどの悪文でない限りOKだったんです。
しかしこの頃はパソコンで入力ですから
修正がいくらでも利きます。
これが曲者で、
「自分で入力」→「自分で修正」→「時間を置いてさらに修正」
→「管理職にプリントアウトしたものを見せ朱書きされる」
→「自分で修正」→「学年で見合う」→「修正」→「管理職に決定稿
を見せてまた朱書きで何枚か戻る」→「本当の決定稿」
この果てしない「修正」に、おのれの文才のなさを嘆くのです。

おっかしいなあ〜。国語専門で免状貰ったよな〜〜。

でも、ここで本作を読むと
ああ、私が修正されるのもむべなるかな、と
いたく納得。
我が現在の管理職は非常に優秀な方で
朱書きも一流なら、修正の例文も優秀で
そりゃ私なんぞまだまだです、と脱帽しつつも
ここまで細かいのかよ!と思うこともしばしば。
が!
井上先生の「文章教室」はもっと手厳しい。
そしていたく納得。
文は相手に通じて何ぼ、という基本が
書いている間は忘れがち、だということです。

これは一関で実際に行われた作文教室を
リアルに再現した本で、井上さんは講師として
お話になっている本です。

目からうろこ1
国によって名詞の種類や数が異なる。
日本では家畜を表す言葉は少なく魚や虫、鳥は多い。

目からうろこ2
「を」の使用法。
「を」は、出来上がったものを指すきまりの助詞。
「水を沸かす」ではなく「お湯を沸かす」が正解。
「コメを炊く」ではなく「飯を炊く」が正解。

目からうろこ3
そもそも、日本語も日本人も
戦争するようにはできていない。

目からうろこ4
国語教育、作文教育は、まず、ものをよく見る、
その見たことを、そのまま書くということを
しっかり教えなくてはならない。
(感想文や気持ちを書いている場合ではない)
(事実を書かせるなら、子供たちはきちんとかける、
感想など求めるから作文嫌いになる)

目からうろこ5
「は」と「が」の違い。
「は」は、もう明らかになったことに付く。
「が」は、未知のものに付く。
「あるところにおじいさんいた。
おじいさん、山へ芝刈りに行った」
ふむふむ。

などなど
薀蓄がいっぱい。
さらに巻末には、ここで学んだ方の400字作文が掲載。
皆さんうまい。

改めて自分の文の拙さ、というか
思い込みばかりの文に気付きました。
所見を書く作業は
その子のよさや改善点や課題を
とにかく保護者に端的に伝えるもので
ついつい長くなってしまう私は
次回書くときに、ここで読んだもろもろを
ぜひとも生かしていこうと思うのでした。

ていうか
最近の作家も、悪文、多いよね。
年のせいか
過去の文学をもう一度読もうかと
昨日行った古本屋で
「内田百間」や「林芙美子」を買ってしまいました。
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2016年03月17日

福田定良「落語としての哲学」(法政大学出版局)

落語、に惹かれ
買ったものの
その内容の哲学ぶりに
そして荒唐無稽な展開に
さすがに途中放棄。
第一部は未開文化の話
ニオング人の話。
うーーーむ。
第二部がかろうじて読了。
柳家小梅なる人物が
筆者と落語的手法で哲学論、
その後に出てきたのが
小梅が書く「気」についての話。
落語的手法なので読みやすかった。
第三部が天下の愚書「ことのしらへ」の
読解を装った言語学も交えての
哲学(だと思う)的内容。

どこまで本当で
どこからが虚構か不明。
そんな人物が本当にいたのか
そんな本が本当にあるのか
それを考えていると
だまされたような気にもなり
しかし書いてあることを
まじめに読めばきっと
なかなかに賢くなるような
平易な文ではあるのですが
何分わたしの求めているものとは
大きく異なっていたので
今回は放棄でした。

決してつまらない本ではありません。
示唆にも富んでいるし
分かりやすさについては
その辺の哲学書の比ではない
庶民感にあふれています。
一例だけ出しますと
「いき、とは
なさけといなせが結びついたところに
うまれた気風であり風俗である」
ああ、いいね、と思います。

法政大の哲学科教授だったという
この先生は、なかなか話の分かる
落語好きの楽しい先生だったんでしょう。
出会って学んでみたかったですね。
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2016年03月13日

矢野誠一「文人たちの寄席」(白水社)

1997年刊行。
内容は1977年のもの。
もう40年も前の文章。

寄席、とはあるけど
内容的には芸能一般。
しかも当時の噺家や浪曲家のこと、
さっぱり分かりません。

前半は文士たちと芸能、
後半は文学と芸能です。

有名な永井荷風や川端康成は
さすがに知っていましたが
芥川や高見順などはへええ、でした。
森鴎外は予想以上に遊び人だったし
泉鏡花もなるほどでした。
で、なんとなく往年の小説を
読み返したくなる感傷を味わううち
後半、
樋口一葉の明治の吉原風景「たけくらべ」、
昭和に入っての
山口瞳「江分利満氏の優雅な生活」、
堀辰雄「不器用な天使」など
読んでもなかった小説群が
なんとも懐かしい香りをもって
わたしの周りに立ち昇ってきました。

そんな効果はありましたが
肝心の噺家については
あまり知識を得ることは
できませんでした。

ま、やはり、高座がすべて、
ってことですね。
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2016年03月09日

文藝別冊「ナンシー関 トリビュート特集」(河出書房新社)

2003年の本です。
先日読んだ関さんの
人間性に興味をもって
どんな人となりか知りたくて
古本で購入。

あの消しゴム版画って
彫ったところが黒いのか
不思議でした。
けど、この本文中に
黒白反転してる?みたいな
文があって
ああ、と納得。
版画家としても面白いけど
何よりTV評論家?としての
センスが卓越してると思いました。
生きているときには
変わったお姉さんがいるな、
くらいにしか思わなくて
ちょっと残念です。

今で言うと私的には
マツコさんかな。
センスの良さ、人を根本で
傷つけないところが
似てる気がします。
寸鉄で一刺しグサリ、も。

TVの内容や登場人物で
誰もがなんとなく思うことを
「すっと頭に入る」ように書けることが
すごい、と放送作家で対談もよくなさった
町山広美さんが言うと
同様に対談者のリリーさんが
「モヤモヤしていて「何だったんだろう?」
と思っていることを
「これだったんだ」と確認」できる
文だったと受けています。
ははあ。

「本人たちにとってはほとんど
「素」を露呈させたにすぎないかもしれない
ような事態を、一つの積極的な
「芸」として読み変えることで、
それを娯楽として救い出そうと
したということだろう」
社会学者、長谷正人さんは
小林信彦と対比しながら
TVと関わる時代性の違いを交え、
納得できる文章で書いています。

消えていく文化、
消費される文化、
刹那的な文化としての
TVにある意味をおいた辺りに
彼女の慧眼があるようです。
青森生まれの賢く歌のうまい
お嬢さんだったようで
40前の急逝は惜しいですね
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2016年03月03日

小林信彦・荒木経惟「私説東京繁昌記」(ちくま文庫)

そりゃあ小林さんの仕事ですから
皮肉な題名に決まってます。
「町殺し」がテーマ。
アラーキーの写真も
それに沿って
古き悲しき東京の写真が
それはそれはリアルに満載。
氏の生まれた東日本橋(両国)からの
下町風景以上に
山の手といわれる青山から
渋谷、新宿、池袋辺りまでの
批判力は半端ないです。

全然江戸っ子でもない私が
云々することはできませんが
銀座批判より
渋谷批判に重きを置く姿勢に
強く同意してしまう。
「パルコの〈文化戦略〉が
成功したのは、〈田舎者が考える
都会のイメージ〉を強引に
押しすすめて、ためらわなかった
点にある」
「これほど生活者の匂いを欠いた
街も珍しい」
そうなんです。
あまりの人工的なこれでもかモード
うんざりしていきたくない街NO.1です。

「東京のように、何かに
追い立てられるかのように
〈街そのもの〉を消費してゆく
都市は世界にもまれ」
地上げの季節の彼の感想ですが
私は今もそう思います。

路地を歩くとほっとする。
高いビルや複合施設に
何の興味もない。
ちょっとした商店街や
坂の上にあるお店がいい。

人形町、
この間落語で寄りましたが
夜だったせいもあって
何も見ていません。
是非また寄りたい街です。
下北沢は興味がないが
阿佐ヶ谷や高円寺は好き。
普通の人々が息づき
高層の少ない街。
いっそ銀座ならいい。
また「田舎者」の私は
街めぐりをしたいです。
東京の懐の深さも
知っているからです。
何をおいても
文化は確かにあちこちに
根付いているから。
よそ者だからこそ分かる
東京の文化臭は
凄いんですよ、小林さん。
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2016年02月26日

深沢七郎「笛吹川」(講談社文芸文庫)

本日学校は「6年生を祝う会」、まあ
昔の「謝恩会」ってやつですね。
いろいろがんばっていました。
担任ならずとも感動します。
それ以上に裏で働く6年担任。
一番謝恩しなくちゃいけない
はずが、一番忙しい。
変な会ではあります。

深沢七郎、なんて
今の人は知らないんだろうな。
今なら絶対TVにも一杯呼ばれそう。
そういう風変わりなおっさんです。
ミュージシャンでもあり作家、
時に今川焼きも焼いていたな。

本書は武田信玄と勝頼の時代、
山梨は笛吹川(作家の出身地)の
集落の人々の六代記。
生まれては戦いにとられ、死に、
また生んでは死んでいく。
ただその繰り返しの物語。
救いもなければ思索もない、
ただただ淡々と、
この時代の庶民は
こんな生き方しかできなかった
であろう「事実」のような小説。
途中正直少し飽きかけて
しかし何か変化及びドラマが
起きるのでは、と思い読む。
しかし、また永遠のループ。
気づけば終盤、お屋形様が死ぬ。
ただただ翻弄されながら
しかし女たちは気づく。
この愚かしいループに。

英雄、じゃないよな。
やっぱり。
今年の大河「真田丸」、
結局見るのやめました。
きっと見ればはまるってわかってて。
英雄、見なくてイイや。
最近の私はそうなんです。
英雄じゃない、
ドラマなら殺され逝く名もない
大部屋俳優に目がいく。
だったらイイや、っていう。

この読んでう〜むとなる
この小説の奥行きは
小説を越えた何かだと
いささか気が重くなる
読後感でした。
小説ではないが
ルポでもない、
事実でもなかろうが
あまりのリアル。
その時代に居合わせる
幸か不幸か、
生きるとはオマケだと
のたまった七郎さんならでは、
なのかもしれません。
posted by 大ねこ at 22:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書の記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月21日

鏑木蓮「賢治の推理手帳U イーハトーブ探偵 山ねこ裁判」(光文社文庫)

昨日、小学校恒例「6年生を送る会」を
実施しました。
各学年の出し物を今年は多様にしたおかげで
非常に盛り上がり
心に残るものになったと
自負しております。
特活主任としてこうした感動が
生まれることが至福であります。

宮沢賢治は、
本当に昔は好きじゃなかった。
けど
この仕事に就き
いよいよ好きになっています。
今年も1年生に「雨ニモマケズ」
暗唱させています。
意味も分からず語感だけで
覚えるのがいい。
やがていつか数人の子が
あんな詩覚えたな、
と懐かしんでくれたり
ちょっと賢治の作品でも
読んでみるかとなったり
してくれたら教師冥利に尽きる
というものです。

本書の魅力は謎解き、ではなく
賢治のたたずまいや
息吹を感じることにあります。
また親友の嘉藤治=カトジの存在の
リアル感にあります。
きっと本当の嘉藤治も
こんなふうに賢治に翻弄され、
でも大好きで
いつもついて回っていたんだろう、
と想像されます。
また、それがウソだとしても
本書のような世界だったと
信じるほうが賢治をもっと
好きになれる気がしてくるのです。

謎のほうもそこそこ「ほほう〜」と
思える仕組みになっていて
納得できますが、
なにしろミステリーを期待する向きには
不向きな本です。
ちょっとした情報だけで
ケンジは解いてしまうからです。
それよりも興味深いのは
事件の発端、原因ですね。
当時の岩手、賢治のいたあの時代だからこそ
起こりうるような事件、だから臨場感があり
ストーリー的には
どうってことのない展開ですが
つい、また読もうと思わされるのです。
つまるところ
賢治好きなら読んで損はない本です。

今回からちょっと
字を大きくしました。
自分の老眼?に優しく。
posted by 大ねこ at 19:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書の記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月18日

ナンシー関、リリー・フランキー「リリー&ナンシーの小さなスナック」(文春文庫)

書評の前に。
自民党の傲慢さや愚かさの露呈が続きますが
本気で皆さん、考えないと、です。
こんな庶民不在の政治に訣別をしよう。

さらに。
介護職の男が老人をベランダから落とした事件。
何と言い訳しようが人としてお前は間違っている、
というより他はないのですが、
それでもあえてここで介護職のしんどさは
声を大にして伝えたい。
わたしの近い知り合いが介護職なんですが
本当に世の中の底辺の仕事をしています。

例えば教職は人を教え導いてお金をいただく。
それなりの評価と報酬が保障されています。
例えばキャバクラなどの接客業は人を喜ばせて快楽を提供し
それに応じた報酬をいただく。
どちらも「人」と関わって「人」を喜ばせてお金を貰う。
介護職も同じように
自分で動けなくなった老人の介助をして
報酬を受け取る、これも「人」に関わる尊い仕事です。
なのになぜか報酬が見合わない。
安すぎるのです。
医師や看護師はそれなりなのに
介護職はその労働に対しての報酬が低すぎる。
実態です。
金が足りなければ人は職に対しての誇りは持ちにくい。
じゃあ別の仕事したらいいじゃん、という人は
世の中を知らなさ過ぎる。
介護職でテンション下げ下げで働く女性は
他の仕事につけない人が多いのです。
40過ぎの女性で専業主婦だったり資格がなかったり
パートではやっていけないから正社員で、と
ハローワークで仕事を求めても
ないのです。
若い綺麗どころの姉ちゃんが結婚までの腰掛で
割のいい仕事持ってちゃうわけです。
企業側は報酬をより低くしたいから
世の中の酸い甘いを知るおばちゃんだと
お金がかかるから若い姉ちゃんを2〜3年交代で雇うほうが
安上がりだからです。
おばちゃんたちは10年単位で働きたいからね。
そんなこんなで事務職など、簿記ができたぐらいじゃ
おばちゃんは雇ってもらえない。
PCの技術がばっちりあるのに資格がないからという理由で
やっぱり雇ってもらえないのです。
するとすぐに手にできる仕事は介護職なんです。
なり手が少ないから。

あの殺人者には怒りしかないものの
介護をしている人はきっとその気持ちは
とても共感できる、それが事実でしょう。
みんなこらえてこらえて老人の意図しないわがまま
(老人本人もわがままをしている自覚がないから介護が必要なんです)
を、甘んじて受け、今日も笑顔を搾り出して
働いているはずです。

みんなきっと必ずお世話になりあう大切な仕事のはずなのに。

これが豊かなニッポンとやらの
本当の姿だと感じています。

せめてさあ、働く意欲を高められる程度の
給料は渡そうよ。
くだらない賄賂渡しあう金があるんならサ。

で、やっと本書の話題。
ナンシー関さんは消しゴム版画の達人。
39歳の若さで亡くなったんだよね。
リリーさんとの対談は「クレア」に連載していた。
連載中のある時に亡くなった。
本書で読む限り
非常に常識のある女性で、研ぎ澄まされた感覚があり、
料理上手でカラオケ好き、車の免許も頑張って取った、
何に対しても好奇心があり、軽い口調であっても
言うべきことは言っている人ですね。
リリーさんは、このときからよりいいオッサンになり、
イラストレーターというよりは俳優だったり
音楽ちょいヲタだったりの側面が
最近は強くなってきましたね。
思ったとおり変なオッサンで
やっぱり好きです。

まあ、話題はどーでもいい話ばかりですが
二人の対応が面白く、結構まじめに読みました。

今度はナンシーさんの著作
読んでみたいと思いました。
posted by 大ねこ at 21:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書の記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月12日

梶山季之「せどり男爵数奇譚」(ちくま文庫)

学級閉鎖を経て
こどもたちは元気になりました。
今日は区の教育研究会の発表会で
話合い活動1年生、別の学校の先生が
素敵な授業を提供してくれました。
一つの教師側の行事が終わり
いよいよ年度末、
通知表やら来年度の計画やら
日々多忙な毎日を送っております。

さて、梶山季之、獅子文六と同様に
当時の売れっ子作家でありました。
ポルノ紛いの小説から雑誌のトップ屋としての
麻雀も玄人はだし、純文学も書いていた作家です。
「黒の試走車」などは社会派でかっこいい。
しかしいまや文庫でも見かけなくなった。
時代と共に寝た作家、という立ち位置でしょうかね。

古本屋を営むせどり=古本の全集の一部をばら買いする人。
古本を愛し、金になるかどうかを値踏みし
様々な書物狂との出会い、
古本の奥深さを知る情報小説の態でもあります。
題名は麻雀から取ってます。
筆者(ご本人でしょう)がよく出会う男爵から聞く
ビブリオマニアたちの面白おかしい、ばかげた話の数々。
最後の章は人の皮を使った装丁家の話で
さすがに引きましたが
澁澤竜彦ばりの変態的な内容で
昭和の40年代でしょうか、怪しい裏社会の
匂いがぷんぷんしました。

ちなみに解説の永江朗さんが書いていたことは
私も同感です。
新古本屋(ブックオフ的な)は新刊に近いほど高く
昔のものほど安い。
だから古本屋の方々は100円均一からお宝を発見して
買い取り、自分で神田なんかで売ると
10倍20倍になるようです。
私もあえての「100円本」を見て回りお宝を探すのが好きで
そのためにいくようなものです。
実際、ブックオフで100円で
同じ本が神田では500円くらい、というのを
1度ならず見ていますから。

本は、いい。

そろそろ我が家の在庫が減ってきたので
仕事が一区切りしたらまた神田、行くぞ。
posted by 大ねこ at 22:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書の記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月06日

東直己「名もなき旅」(ハルキ文庫)

昨日まで学級閉鎖。
初日はブログに表したとおり
すること一杯で充実。
2日目は既に教室に行っても子供がいないことの寂しさ募り
3日目には飽きて、他の教室で学活やらせてもらいました。
3年生の教室で話合い活動。
とても充実しました。
やはり授業したがる自分がいて
事務仕事は向いていないとつくづく実感。
3日目には各家庭へ連絡を入れて
復活の確認。月曜日からまた頑張りましょう。
自分の風邪も後もう一歩。

本書は19歳の出帆(イヅホ)こと優美(ユビ)が
トラブルシューター折井の元で働き
引き受けた仕事の話。
ミカド食品の社長、香奈を札幌から
1週間離れさせて社長辞任のクーデターを成功させる
その段取りを担う。
人たらしの「力」をもつイヅは
見事に香奈に取り入り
札幌から北北東への鈍行の旅へと誘う。
旭川、音威子府、そして架空の地へ。

中身はロードムービー状態で
ストーリー本編とは直接関係のない
訓話やエピソード満載。
中華丼の話。ストリップ劇場の話。
香港スタンレーでの「闘犬」のような話。
イヅ自身の折井に出会い折井と働く話。
その土地土地の飲み屋や駅の話。
鈍行列車の風景の話。
最後のほうにやっとサスペンス的な要素が
出てきて、イヅと香奈に危機が来る。
さくっとそこは終わって
イヅ自身が香奈に惚れていくくだりで
胸がキュンとなって
大団円。

名作でもなんでもないが
読むこと自体が楽しい。
東さんの小説の醍醐味がぎっしり。

人がいて、悲しくて、愚かで
でも可愛くて、愛おしい。

読んでよかった。
北海道伊達に5回行ってない。
大体地図が分かる。
だから余計に面白いのかもしれません。

北海道の電車旅行ってのも
してみたい。
北海道新幹線も開通するし、
もうちょっとしたら自分のための
「北海道 名もなき旅」やってみっかな。
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2016年01月29日

三浦しをん「人生激場」(新潮文庫)

かれこれ10年以上前の本なので
まだまだ若かりし(今も若いが)しをんさんの
エッセイ集。
面倒くさがりでBL好きで言葉へのこだわりがあり
調べ者や好奇心が旺盛で
サッカー選手が好きで(胸毛とかおじん臭いのとか)
女友達とキャッキャして
でも結構常識人で
なにかと「ぷんすか」怒ってたりもする。
可愛い人だ。

「これだけ科学が発達しているのだから、
簡単に取り替えられる蛍光灯がもっと
普及してもよさそうなものだ」
わかる!!蛍光灯の取り替えほど
面倒くさくて苦手なものはないわ。

「どうして風邪薬のCMは「家族」が主流なのか」
本当!!なんなんでしょうねあれ。

世論を「よろん」と読むな、「せろん」ぢゃ!
鬱陶しいを「うっとおしい」と読むな、「うっとうしい」ぢゃ!
同感同感、強く同感。

こういう辺りが好き。
また長編書いてね。
楽しみにしています。
(高村薫さんを好き、というところもイイネ)
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2016年01月24日

伊坂幸太郎「残り全部バケーション」(集英社文庫)

分かった。
伊坂さんの小説はとにかく危うい事件が起こる。
けど、犯人たちは何故かいつも人間臭い。
敵役もみんな人間臭い。
必ず伏線を張り
卒論なんかやる大学生には
垂涎もののストーリーばかり。
アレがこれと関係して、だから終わりはああなった、的な。
ただ面白く読む私は
正直言うと結構片っ端から内容を忘れていきます。
それくらい、のめりこんで読んで
終わったら、ああ、で終わり。
読む間に、ああ、あの男の過去はこれで
ここであの人と関わって
そして今も仲良しなんだな、というように。

毒島って前にもどこかに出ていたな。
そのボスの下で働く溝口、手下の岡田。
当たり屋して人と関わって、でもなんだか
にんげんらしくなりたくて
家庭崩壊寸前の親子に会ったり
過去の岡田君は正義のありかを探したり
虐待の親への対応を子供に教えたり。
毒島に消されたと思う溝口は
毒島を殺そうと画策する最後の章も
非常に面白くて
結局岡田は生かしていると知り
毒島もまあまあないい人だな、で終わる。
そして多くの善人たちは
今もきちんとつつましく生きている。

大きな事件を支える人間は
やはり人間でしかない、という明らかな真理を
伊坂さんはいつも楽しそうに描く。
本当はいろいろと死にそうにしんどいのに
人と出会ってくだらない会話をするうちに
なんだか救われていく。

これが人生なんだよな。
そんな当たり前なことに気づかされるのが
片っ端から忘れていくくせに
読みたくなる意味なんだと思います。

題がいいよね。
いろいろやらかして結局人生「残り全部バケーション」に
なっていくのね。
私ももう数年で退職になるわけですが
その残り全部バケーションにしたい。

ちょっとここのところ
何をしてもイマイチなので
余計にそう思います。

ところでSMAPぶじに解散なしになりそうですね。
謝罪は事務所側ではないかと思うのですが。
彼らも40過ぎた男で、独立も考えるわね。
それを苦汁を飲んで決断した、というところでしょう。
ドル箱スターを手放してもよしという考えなんでしょうが
それはそれ、関係者がきちんと語るべきだとも
思うのですが。
まあ、そこは芸能界の闇なんでしょうな。
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2016年01月18日

高橋弘樹「TVディレクターの演出術ー物事の魅力を引き出す方法」(ちくま新書)

いや〜この1週間少々、いろいろありすぎて。
春団治さん死去。あ〜上方落語重鎮が墜つ。
バスが落ちる。また格安バスが槍玉だ。
東京に雪が落ちる。通勤が物凄いことになる。
バスが来なくて。南北線が混む姿初めて体験。
デヴィッド・ボウイ死去。ロックスター、癌か。
「★」買いました。明日ウォークマンで聞く。
お金が減る。これは私事。
子供の特定の方々、忘れ物多すぎ。
要らん注意が増える。ストレス。
そしてそうした方々はその重みがわかっとらん。
SMAP解散騒ぎ。え〜〜〜でした。
DAIGOの結婚報告会見、いいね、唯一、いい。

などなど
新年早々お騒がせが多すぎ。
北朝鮮の水爆騒ぎ、アレもなんだったんだろう。

で、本書の筆者は大好きテレ東の
「空から日本を見てみよう」「ジョージ・ポットマンの平成史」
「TVチャンピオン」「世界ナゼそこに?日本人」などの
ディレクター。
くもみ・くもじい、好きでした。
怪しいポットマンも何気に見てました。

彼は芸人や俳優を使わず
ドキュメントを自らカメラを握り
撮りまくり、編集し、見る人に伝えようとする技術者。
いいね。
職人肌で、さすがテレ東。
予算がないから知恵を使う。
金ではないところで勝負をする。

どの仕事にも当てはまる話や
これでもかというくらい自分の技術を披露した本です。
読み応えありますし
TV製作の裏側の苦労もよく分かります。

たとえば私も使いたいサイトの紹介。
「「日本の古本屋」は「新しい面白さ」を発見するための
リサーチにおいて、非常に重宝するサイトです:
「お気に入り登録」しておこう。

われわれの指導案にも通じる話として
(台本、を、指導案、に置き換えて)
「台本作りには命をかけなければなりませんが、それは、
あくまでも、台本以上の奇跡やハプニングを撮影するためのもの。
また台本どおりにことが運ばなくなった時には
慌てずに方向転換できるようにするためのものです」
わかる。
台本どおりにいったことなど一度もない、とも。
そのとおりですね。

「物事を調べて表現する」「三つの種類がある」
「学者=真実か否か。
ジャーナリスト=正義か否か
エンターテインメント=面白いか否か」
これがTV番組の基本でもあり、われわれの仕事のすべてでもある。
多くに人々もそうだと思います。

やはり一つの道に通じる人の言葉は面白い。

いろいろあるけど
へこまずにがんばりましょう。
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2016年01月11日

マツコ・デラックス「続、世迷言」(双葉文庫)

マツコ・デラックスは素晴らしい。 
 ずっとテレビに出ていて欲しい。 
 「夜の街を徘徊する」 
なんて、意味不明な街ぶらぶら 
モヤさまが、守りに入る中、 
実にいい番組です。 

この本の中でも言ってたけど 
マツコ・デラックスって 
本当に普通の人。 
女装家とか見かけのレッテルどうでもいい。 
よく世間を見ている。 

選挙の時に、誰に入れても同じと思う人に、 
「だれがやっても同じなら、だれの意見でもきちんと聞く人を選ぼうという発想にならなゃダメだよ」
など、素晴らしいよ。 

内容は、テレビに出てくるゴシップネタ。 
時間潰しには最高。 
そして後味もさわやか。 
だれの味方も本気ではしないし
だれの批判も本気ではしない。 
けど嫌なものはいや、好ましいものは褒める。 
その姿勢に共感します。
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2016年01月08日

立川談志 聞き手吉川潮「人生、成り行きー談志一代記ー」(新潮文庫)

ここまで談春などに興味が出ると
ここは好き嫌いに関わらず
談志のことも知るべえ、と思い読みました。

聞き手の方は立川流の顧問ということで
そりゃあ談志ファンだから
それなりのヨイショがいっぱい。

出自から政界進出(慎太郎さんと仲良しなんだ、へえ)
小さんからの破門からの独立、
有名著名人の後押しを受けて
立川流創設、弟子からの上納金(やくざ発の手法らしい)
病を得てからのさらなる深化、
等々、ふ〜〜〜んという感じで読了。

政治的マニフェストはなく
有名人が好きで
攻めのおじさん。

う〜〜んやはり苦手。
芸人とはそういうほうがいいという理屈は分かっても
好きじゃない。
わざとそういう風に演技しているのかもだけど
やはり好きじゃない。

そうは言っても
順調に読み進み
うーむとうなって終わりました。

プライド、1位、分からない奴が莫迦、
俺はうまい。
苦手だ。
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2016年01月03日

内田樹×高橋源一郎(×渋谷陽一)「ぼくたち日本の味方です」(文春文庫)

年末からの読書。
実に楽しく、スッキリする本です。
おばさん的おじさんたちの放談トークがいい。
難解でなく、理知的でもあり、
時代もよく読み取っているから
この人たちは本当に「日本の味方」だと思いました。

2015年のフランステロの予告が。
2010.11.24の第1回対談で。
内田 フランスの場合は、イスラムの同化に
   失敗してるんだよね。・・・・分離されてる以上、
   国家に対して忠誠心なんか持てないし、感謝もしないし
   機会があったらなんかイヤなことしてやろう、って
   ついつい思っちゃうじゃない。・・・今の体制に不満な
   人を作らないための方法は、「やさしくする」ってことに
   尽きるんだよ。

内田 政治に限らず、すべてのシステムは、現場に
   いる人間が身体を賭けて、固有名詞で債務保証
   しないと、機能しないんだよ。・・・そういう人間が
   いれば絶対に、誰かが腹を切らなくちゃならないような
   大きな失敗は起きない。
今は就職難、かもだけど、実は・・・
内田 こういうときは、やっぱり頭パッと切り替えてね。
   みんなが向こうに行ってるときって、逆の側に
   がバーッと広いスペースが空いてるのよ。
   そこでなんでもできるんだからさ。

2011.2.22第2回
高橋 戦後文学ってどこから始まるかっていうと、
   僕は1947年説なんです。・・・「斜陽」と「青い山脈」の
   本が発売された年なんです。
(「青い山脈」には、戦後の理想が詰まっている、という)
内田 統治者が有権者の知性を信じていないんだよ。
高橋 つまり、それが55年体制なんだ。あれって、
   利益供与の政治だからね。・・・
内田 その原点には「金さえもらえりゃいいんだろ?」っていう
   考え方なんだよ。人のことを見下してるんだ。・・・
   TPP賛成論の根本にあるのはさ、すべての消費者は
   市場でいちばん安い商品を買う、という原理でしょ。
   ・・・身銭切ってでもなとかしたいっていう国民の感覚は
   「金がすべて」とは違うんだよ。こっちのほうが日本の
   リアルなんだよ。
武士道がなくなった日本に文学者夏目漱石は、・・・
内田 日本近代、特に男性たちに、自己形成のロールモデルの
   筋道をつけたと思うんだよ。・・・これが男の生きる道
   ってのを、明治40年代に作ったわけで・・・

2011.5.29第3回(東日本大震災後)
内田 原発のあるところって、だいたい明治政府から
   冷遇されてきたところでしょう。・・・産業がない
   から、原発でも誘致する以外にないというところまで
   追いつめられたところに選択的に原発がある。
内田 代替エネルギーの最先端の技術を持っているのも、
   これまた全部アメリカ。だから、原発を止める
   ということになると、廃炉ビジネスも、
   代替エネルギー技術も、「つなぎ」の火力エネルギーも
   全部アメリカが日本に売ることができるものばかり
   なんだよね。
高橋 だから、自民党でもっとも脱原発を明確に言ったのが
   小泉さん。
(うお〜、そうだったのか。大きくうなずくくだり)

2011.11.9第5回
山口県熊毛郡の祝島(反原発デモが30年以上続く島)の話。
高橋 2000年以上前、東京がまだ原野でサルも
   いなかった頃から文化がある。・・・日本の政とか神事の
   伝承がいっぱいある。それプラス漁業があって、
   農業があって、こっちが文化だって意識があるから、
   外の連中からひとり100万円もらったってなんの
   意味もない。
内田 「沈む」という言葉にネガティヴ・イメージを感じる
   ってこと自体が、まだ成長戦略の虜だということ
   だよね。本来、後退戦とか、しんがりを戦うって
   いうのは、軍事的にもっとも高い能力が求められる。

2012.2.14第6回
高橋 「きのくに子どもの村学園」という、自由教育を
   やっている学校が、和歌山にあるんです。・・・
   クラスがない、学年もない、「先生」がいない。
   だから「生徒」もいない。何よりカリキュラムがない。
   ・・・文科省が認可しる、正式の学校なんです。・・・
   6年間で学ぶべきことを学びさえすれば、
   どういう順番で学んでもいい、ということを
   認めさせちゃった。
(知らなかった。調べてみよう)
内田 子供としては「私は××である」と言い切りたい
   んだけど、言い切れない、その言い切れなさというか
   中途半端さというか、それが成長の手がかりなんだよね。
   それをばっさりどっちかに片付けるわけにはゆかない。
   だって、どちらかに片付いて、話がわかりやすい人間
   というのを「イデオロギッシュ」って呼ぶわけだから。
   教師はイデオロギーの毒から子供たちを守らなくちゃ
   いけない。子供自身に「きみは邪悪であり、かつ
   天使的であり、凡庸であり、かつ天才である」って
   いうふうに、二枚舌三枚舌、五枚舌十枚舌を
   使わなきゃいけない。
(そのとおりです。内田先生、深く同感です)


引用だけでまだまだ引きたくなる内容です。
そうそう、そういうことが知りたかった、
そうそう、そういうふうに言いたかった、
ことが満載です。
たくさんの人に読んでほしい1冊でした。

こいつぁ、春から、縁起がいいぜ!!
posted by 大ねこ at 21:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書の記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする