2016年05月13日

坂爪真吾「性風俗のいびつな現場」(ちくま新書)

学校現場でも常々感じることから。
ADHDとかアスペルガーとか自閉症とか
いっぱい今は名前がついて
「特別支援」という名の下、
いわゆる「困った」ちゃんや普通に学習できない子など
昔よりはうんと住みやすくなりました。
学校内部にも今は
支援員、スクールカウンセラー、「○○学級」といわれる
特別支援関係の先生方がびっくりするくらいいます。
それでもやはり毎日支援していただくわけではなく
担任は苦しい日々なことも事実で
昔よりそうした子が増えているんだとも思います。

不思議なことではありますが
学校現場では圧倒的に男児に該当者が多い。
ぶっちゃけ9対1くらいの割合で男児です。

しかるに本書に出てくる軽度発達障害、知識障害は
当然女性であって、潜在的には
女児にも多いのでは?と認識を新たにしました。

東大で上野千鶴子先生にも師事し
風俗は決してなくならない必要悪だと
逃げず述べる潔さは、好ましかった。
落語ではネタの一環に「吉原」は欠かせませんが、
現在とて女性が手っ取り早く稼ぐには風俗だし
男性のニーズは悲しいかな、なくなりそうもない。
文学上でも社会学上でもこうした女性たちが
どれだけ歴史を救い、人類を救ったか。

ここに出てくる風俗は母乳専門店だったり
激安デリヘルだったり熟女店だったりと、
いわば行き場のない最下層の人々の姿です。
しかしオーナーや社長たちの目は温かい。
女性をどこかで救わんとする温かさがある。
さらにそこにソーシャルワーカーや弁護士たちも関わる姿を
何も知らない私たちに知らせてくださってます。
女性軍にも大いに課題や問題はあることも提示し
(自虐、自己否定、泥沼の借金、知恵不足等々)
それでもわれわれの社会がこうした貧困連鎖を
作り出している事実から目を背けないよう示唆します。
稼がねば食えない、女1人生きるすべとして
今昔、性に身をひさぐのであります。

学校同様、救いの手は多いほうがいい。
知恵を授けなければ
生きるすべの選択肢は狭まるばかり。
 
やさしい社会、とは
彼が言う「グレー」でいいと私も思います。
白黒つけるとろくなことはない。
白ばかりなわけなし、黒ばかりの世など悲しすぎる。

最後のクイズがわたしには全く分かりません。
何かスラング的な言葉なのか
識者が好む知ったかぶりの言葉なのか
どちらかだとは思いますが。
一般の性風俗の本には必ずあって
本書には一度も書かなかった言葉は何か
というクイズですが
「ナオン」的な女性蔑視語か
「倫理」的な知ったかぶり語か。

知りたいです。
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2016年05月09日

柴田よしき「シーセッド・ヒーセッド」(講談社文庫)

GW、終わりました。
昨日は小ねことカラオケ三昧。

この作者、いまググったらなんと女性でした。
わたしと同い年だ!!
そうかあ、だからやたらに細部の状況に
共感できたんだなあ。

三浦しをんさんお勧めの小説のひとつ。
三浦さんの本を読まなければ
恐らく一生読むことはなかった作者です。
やはり本の出会いっていいなあ。

正直言って、東さんの小説に比べると
好みとしてはその下になりますが
先ほども書いたように細部で共感ができるので
読んでいて矛盾点やご都合主義もありながら
小気味よく読み進めることができました。
何より主人公の保育園園長探偵、花咲さんが、いい。
暗い過去や、保育園の借金や
冴えないところありつつも、人として
なんともいい人で、嬉しくなります。
新宿の繁華街にある無認可保育園。
様々な人が出入りする雑多な世界。
漫画「深夜食堂」を彷彿とさせます。
憎らしい借金先のやくざ、山内もなんか憎めない。
むかつくけどね。

ビートルズの曲名を捻った題名も
ちょっとダサめで、嫌いじゃないです。
もう一作ぐらい読んでみようと思います。
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2016年04月30日

美濃部美津子「おしまいの噺」(アスペクト)

しをんさん推薦の本、第1冊目。
いやいや、うつくしいはなしでした。
そう、うつくしい、とひらがなで書きたい。
やさしい、でもいい。
あたたかい、でもいい。
無論、ここに描かれているのは多分きれいごと。
しかし、そのきれいごとが、いい。
実際にはたくさんの諍いや面倒ごとがあるはずだけど
それらを超えて、あたたかい。
これは、ひとえに美濃部さんご自身の
人間性ではないかしら。
あるいは、大正昭和のよき時代の
奥床しさの賜物かもしれません。

筆者は、古今亭志ん生の長女。
金原亭馬生、古今亭志ん朝の姉。
池波志乃の伯母でもありますな。

母親(志ん生の奥さん)にきっと似ている。
生活者としてはろくでなしの亭主に
一切文句も言わず、子供に苦労をおしまず
兄弟姉妹仲良く暮らさせた母親の鑑。
ずっと後に生まれた志ん朝(強次)とともに
戦争中、疎開してしまった母親(恐らく溺愛)。
おいていかれた寂しさや不満をものともせず
満州に父親も行ってしまったから
ある意味妹と弟の面倒を見て一家の柱になり
頑張った美津子さん。
戦後に一家が揃ったときには
大喜びできる家族の持つ強さ、あたたかさ。

どうしようもない破綻者の面を持つ父親、
しっかり者の母親、
けれどおそらくそこには裏切らない何かが
あったんでしょうね。
すべてを受け入れる人間としての器。
きっと志ん生師匠は、だから、噺が上手かったんだろう。
そして、志ん朝師匠も不世出の名人になったんだろう。
ただ、話が上手い、だけではない何かを
この美津子さんの文(恐らくは口述筆記)にも
感じました。

噺家の一生、としても
噺家2代記としても
家族の物語、としても
読むに耐える、いい本でした。

美津子さんは現在も存命中で92歳とか。
是非是非長生きして
また何かわたしたちに語りかけてくださったら
うれしいです。

さてGW突入。
昨日出勤日だったので
私はなんと6連休。
一切仕事から離れて好き勝手に生活する予定です。
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2016年04月27日

三浦しをん「三四郎はそれから門を出た」(ポプラ文庫)

もうすぐGW。
混み合う時期、遠出は避けたいです。
東京の商店街など気になる街歩きを
しようかと思案中の私です。

今日は1年生の遠足。
近場ですが45分ほど歩かせ
一杯遊ばせました。

熊本の大地震はまだ予断を許しませんね。
これが東京なら甚大な被害、
熊本の皆さんも本当に休まることがないと
心痛をお察しします。
原発は本当に稼動全部中止してほしい。

さて、本書からインスパイアされた本を
早速購入。
なかなかに三浦さんは渋好みで
私も本好きですが足元にも及ばぬ読書量で
ここに掲載されている本のほとんどは
未読のものばかりでした。

本の紹介も結構ありますが
軽いエッセイも含み
厳密には書評書というよりはエッセイ集です。
三浦さんは恋愛には無縁?のようで
風呂にも3日入らずにすみ
本にまみれた部屋で
暇さえあれば読書を楽しむ方のようです。
家族と同居し
お母様もなかなかにユニークな方のようですし
弟さんも(やや引きこもり気味のご様子)
三浦さんをブタさんと呼び習わし
仲のよい感じがしていいなあと思います。
無論、そんなきれいごとではすまない
もろもろもおありでしょうが
私は好きな家族の形態です。

想像力を駆使して
女友達を大切にして
漫画中心?に日々読書で研鑽を積む
素敵な方ですね。

彼女がお勧めの本を
この先少し読んでいきたいと思います。
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2016年04月22日

内田百陲百鬼園随筆」(新潮文庫)

ぶっちゃけます。
読み終わるのが苦痛でした。
きっと好きな方は好きなんだと思います。
文章も晦渋があって明瞭にして不明瞭、
ついついその独特な世界観に惹きこまれる、
そんなタイプの楽しさは素晴らしいです。
しかし、私はダメです。
好みの問題であって
その文章力は脱帽です。

借金をして
法政大学でドイツ語の教授をし
博学にして孤高、
世に媚びず、自分のルールで生きる。

ダメだ。
面白いと思えない。
残念です。

そもそも忙しすぎて
じっくり文章を味わう時期ではなかった。
楽しいけれどとにかく忙しい。
一方で
昨年度育て上げた現2年生の担任が
突如病休!!
合わない、疲れた、精神がダメ・・・・・。
だって相談に乗るっていったのに。
大変なクラスをここまで仕上げたのに
もうダメって、あんた、まだ新学期始まって2週間だよ。
たかだか2年生だよ。
わたしに会うとニコニコ手を振る子どもたちだよ。
きっちり自分のものにしなよ。
何なんだよ、壊すなよ。

そういう心境だったので
余計、・・・・・・かもしれません。
また次回はきちんと書きます。
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2016年04月16日

津野海太郎「花森安治伝」(新潮文庫)

本日は職場の歓送迎会。
温かででフランクな会となりました。
しかし私はどうもこういう会が得意ではない。
得意そうに見えるようですが
実は大集団で群れるのは好きではないのです。
ですから一次会でさよなら。
昔からビールを注ぎまわるのも嫌い。
不特定多数と「どーもどーも」も嫌い。
実は教師がよく言う「子供が大好き」というのも
わたしには当てはまらないらしい。
それなのにここまで勤めているのも
自分の中の七不思議です。

昨日は熊本で震度7という大きな地震。
津波がなくて本当によかった。
死者もあり、倒壊もありで失礼な言い方かもしれませんが
まずは津波がなくてよかった。
久々の揺れまくる映像をTVで見て
肝を冷やしました。

「とと姉ちゃん」なる連ドラが人気のようで
かの「暮しの手帖」の大橋鎮子さんのお話のようで
それに便乗した本のように帯には書かれていますが
私はそれと無縁に
単に花森という男性の生き様に興味を持って
本書を読みました。
大橋さんの本も以前に読んでいますし
「暮しの手帖」は実際好きですし
その中のコラム「すてきなあなた」はいつも
上品なエッセイで好きでした。

しかしなにより「暮しの手帖」の巻頭文、
花森さんの手になる字体と言葉が好きでした。

本書を読み知っていたこと
(戦時中は大政翼賛会の一員だったことなど)
も含め、花森さんがどんな人だったか
楽しい堅苦しくない文体で
緻密な研究で調べ上げ
(何しろ花森さん自身、自分のことは
語りたがらなかった人のようです)
読み物としても感じのよい作品になっています。

頑固者で
女装したりする奇矯な趣味もあり
こわもてのお顔で
一本気で
戦争に加担したことを強く悔いて
(ぜいたくは敵だ、は花森さんの作)
スポンサーを一切つけずに「暮しの手帖」を発刊し
自由に製品テストをして
「生活に役立つ本物」を消費者に提示し続けました。
ワンマンで
がむしゃらで
やんちゃで
徹底的で
仕事熱心で
執着心は人一倍、
大正の空気の中で育ち
昭和の高度成長まで見続けた
名物雑誌編集者といえるでしょう。
むずかしいことをやさしく、とは
まるで井上ひさしさんと同じ。

現在マスコミ統制がしかれ
真実がわたしたちまで届かなくなって
こうした気骨のある編集者がいなくなり
(筑紫哲也さんまででしょうか?)
「センテンススプリング」と揶揄されて
喜ぶ芸能情報誌に成り下がった男性週刊誌には
今や政治批判は消えて
エログロやゲスな芸能関係者の不倫やクスリ情報で
コメを買う記者や編集者が増大中です。

むずかしいことをやさしく伝えてください。
現在「週刊金曜日」の読者ですが
好きな雑誌ではあれど
難しいことが難しいままなことが
気になっています。

花森さんがなくなって久しいですが
今再びのこうした編集者が出てほしいと
願うばかりです。

そう
人は間違うのです。
間違うからこそ
学ぶのですし、考えて次を工夫するはずです。

今回の地震も
起きてしまったことからまた再び
災害を最小限に食い止めるべき方策を
国に期待したいものですが
原発なんてもってのほか、ということが
言いにくい世の中って何でしょうか。
沖縄は、いったいいつ
アメリカの呪縛から自由になるのでしょうか。

等々、ちょっぴりまじめに
考えたくなるきっかけをいただいた本でした、

ところで入学式からたった7日、
たくさんのことを1年生に教え
教師も子供たちも溺れそうになりながら
微笑んで「はじめの一歩」を刻んでおります。
笑顔、大切です。
手放しで子供が可愛いと思ったことはありませんが
笑顔を共有できる
その喜びで私はこの仕事を
不向きなまま30年以上も
続けているのかな、と
今、思いました。
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2016年04月10日

ナンシー関「何はさておき」(角川文庫)

1日で読めました。
TVや芸能界、身辺に落ちている話題
(日能研のNバッグ、私も気になっていた)
を、拾っては優しく冷たく、研ぎ澄まされた
感覚で一刀両断(に見せないけど、結果一刀両断)
にしているエッセイ集。
こういうテレビコラム的なものは
旬を過ぎるとどうしても味が落ちるのです。
刹那的、っていうんでしょうか。
賞味期限が短い分野にあえてたくさん書き残した
ナンシーさんの文才は
それでもいい感じで伝わってきました。
ほんと、今現在なら
まさにマツコ・デラックスさん。

こういう方々がいるから
TVも古びない。
斜め30度位の角度から人や番組を眺め
大方の視聴者がうまく言葉にできないような
サムシングを文に書ききってくださる喜びは
大きいですね。
小林信彦さん然り、ナンシーさん然り。
TV界は政界へではなく、
こうした目利きの視聴者の言を大切に
製作してほしいと思います。
ちなみに
ナンシーさんはドラマを連続しては見ない。
初回はしっかりご覧になったそうです。
つまりその心は
最後まで見るに耐えうるドラマは
あまりに少ないということですね。
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2016年04月08日

嵐山光三郎「東京旅行記」(知恵の森文庫)

1990年代後半に書かれ
その後の推移を足し算して2004年出版された
本にもかかわらず
実にじっくり愛読してしまいました。
筆者と坂崎重盛氏と大島一洋氏で歩いた
東京のそこかしこ、グルメリポート。
アポなし、ふらり立ち寄りをモットーに
素の散歩雑記、
だからいいのです。
もちろん金持ちの道楽めいた記述も多いのですが
嵐山さんのおじん臭い筆致が好物なので
気にもなりません。

月島、佃島の天安、田中屋、丸久、酒房岸田屋。
湯島天神下の居酒屋シンスケ。
神楽坂界隈。
(先日美味しい店を見つけました。ここはわたしのマイブーム)
人形町界隈。
(真っ先に行きたい町)
深川からの門前仲町の永代通り沿いの魚三市場。
早稲田界隈にまもなくなくなる築地界隈。
このゴールデンウイーク、
東京を歩こう。
そんな決心したくなる本でした。
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2016年03月31日

万城目学「ザ・卍固め」(文春文庫)

76年生まれなんだね。
今年40歳か。
まだまだ若い。
内容はなかなかに渋い。
大阪、奈良、京都の関西圏の男らしい
ユーモア感覚が私は好き。
伊坂さんがどっちかというと真面目派
(でもないですけど)だとすると
万城目さんは筆致はお笑い系。
空想のセンスは甲乙つけがたい。
量産型が伊坂さんで
寡作肌が万城目さん。

エッセイ集で分かることは
江戸川乱歩や稲垣足穂、志賀直哉等に言及し
尊敬しているものの
最もなるほど感のあるのが
車谷長吉さんが好きだということ。
サッカーも好きで
バックパックで海外にも行っていること。

東電の株主だった2011年当時の株主総会での
顛末記はなかなか読み応えがあった。
何の批判もせずにここまで東電の体質を
あばいた文ははじめて読んだ。
他にも台湾でのサイン会の顛末記も
温かくて好き。
穏やかで骨太で、でもそれを隠して
ユーモアとセンスで書き切る文体は
味わい深いです。

同世代作家の森見さんや綿谷さんとの
鼎談も面白い。
私は3人なら断然万城目さんです。

気になるのは
城崎温泉だけで売られているという
お風呂で読める筆者の作品
「城崎裁判」。
「城の崎にて」のオマージュを含んだ
ユーモア小説らしい。
手に入れるためには城崎に行く必要がある!!

行きたくなりました。
まだ販売しているかな。
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2016年03月25日

羽田圭介「「ワタクシハ」」(講談社文庫)

本日卒業式。
新しい人生に向かって羽ばたいてね。
新しい学年の発表。
中学年を希望したのですが。
種明かしは4月に。

TVでよく見る羽田さん。
どんな小説書くのかと
新古書店で購入。
正直に申し上げますと、
「解説」では素晴らしく絶賛されていましたが、
私は結構です、です。
もしかしてこの小説がイマイチなのかも、で
別のをもう一冊あたってみますが
今のところ期待していません。
いえいえ、決して下手な方ではありません。
文章もお上手で読みやすいです。
内容は「就活」する20そこそこの若者の
「就活」とは何ぞや、おのれを捨てることか、など
葛藤なさる小説です。
エントリーシートに自分を書き込み、
下手な鉄砲をたくさん撃ち、
互いを尊敬したり分かりあったり卑下しあったり。
仲良しだったり気分は差別だったり。
いまどきの彼らなんでしょうか。

そもそも「就活」とは何ぞや、という疑問はなく、
巨大な組織の掌で踊らされていることは自覚しつつも
原点を見極めない姿勢に
いくら「あばき」をしたところで
説得力はなかった。
さらに主人公はギタリストで
日々ストイックに練習し、かつてヘビメタバンドとして
デビューもし、CDも出しているという
なんとも恵まれた存在。
両親もいい人でそれなりの一流大学。
ここから誰が何を得るのだろう?
結末もちょいハッピーモードで
この子、何がしたかったんだろう?

今はこういう時代ですよ、って
いいたかったのかな?
若者も頑張っているんだよ、って
伝えたかったのかな?

働くって何なのかな?
ここからそれは見えてこなかった。
読んでいて、グダグダしていて
飽き始めていた読者がいたことも
知っておいてね、羽田さん。
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2016年03月21日

井上ひさしほか文学の蔵編「井上ひさしと141人の仲間たちの作文教室」(新潮文庫)

3連休、どうということなく終了。
混む時に動くのが苦手なので。
今日は初めてヒトカラなるものをやりました。
結構解放的になれるものだと納得。

教師にはついて回る「あゆみ」、またの名を「通知表」
なるものがあります。
東京都の教師たちはそれはそれは丁寧に所見を書きます。
埼玉の某所のあゆみの所見はひどいです。
2〜3行で「そんなこと親も知っとるわい!」の内容で
わが子は9年間過ごしました。
ですから一般論になるかどうかは分かりませんが
われわれ東京都の学年担任は所見を書く時期は
正直憂鬱です。
ペン書きの頃はメモしておいて直書きで、
ミスしたら修正消しゴムや器械でゴシゴシ。
ですから「ええい、書いちゃったものはしょうがない!」
精神で管理職もよほどの悪文でない限りOKだったんです。
しかしこの頃はパソコンで入力ですから
修正がいくらでも利きます。
これが曲者で、
「自分で入力」→「自分で修正」→「時間を置いてさらに修正」
→「管理職にプリントアウトしたものを見せ朱書きされる」
→「自分で修正」→「学年で見合う」→「修正」→「管理職に決定稿
を見せてまた朱書きで何枚か戻る」→「本当の決定稿」
この果てしない「修正」に、おのれの文才のなさを嘆くのです。

おっかしいなあ〜。国語専門で免状貰ったよな〜〜。

でも、ここで本作を読むと
ああ、私が修正されるのもむべなるかな、と
いたく納得。
我が現在の管理職は非常に優秀な方で
朱書きも一流なら、修正の例文も優秀で
そりゃ私なんぞまだまだです、と脱帽しつつも
ここまで細かいのかよ!と思うこともしばしば。
が!
井上先生の「文章教室」はもっと手厳しい。
そしていたく納得。
文は相手に通じて何ぼ、という基本が
書いている間は忘れがち、だということです。

これは一関で実際に行われた作文教室を
リアルに再現した本で、井上さんは講師として
お話になっている本です。

目からうろこ1
国によって名詞の種類や数が異なる。
日本では家畜を表す言葉は少なく魚や虫、鳥は多い。

目からうろこ2
「を」の使用法。
「を」は、出来上がったものを指すきまりの助詞。
「水を沸かす」ではなく「お湯を沸かす」が正解。
「コメを炊く」ではなく「飯を炊く」が正解。

目からうろこ3
そもそも、日本語も日本人も
戦争するようにはできていない。

目からうろこ4
国語教育、作文教育は、まず、ものをよく見る、
その見たことを、そのまま書くということを
しっかり教えなくてはならない。
(感想文や気持ちを書いている場合ではない)
(事実を書かせるなら、子供たちはきちんとかける、
感想など求めるから作文嫌いになる)

目からうろこ5
「は」と「が」の違い。
「は」は、もう明らかになったことに付く。
「が」は、未知のものに付く。
「あるところにおじいさんいた。
おじいさん、山へ芝刈りに行った」
ふむふむ。

などなど
薀蓄がいっぱい。
さらに巻末には、ここで学んだ方の400字作文が掲載。
皆さんうまい。

改めて自分の文の拙さ、というか
思い込みばかりの文に気付きました。
所見を書く作業は
その子のよさや改善点や課題を
とにかく保護者に端的に伝えるもので
ついつい長くなってしまう私は
次回書くときに、ここで読んだもろもろを
ぜひとも生かしていこうと思うのでした。

ていうか
最近の作家も、悪文、多いよね。
年のせいか
過去の文学をもう一度読もうかと
昨日行った古本屋で
「内田百間」や「林芙美子」を買ってしまいました。
posted by 大ねこ at 18:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書の記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月17日

福田定良「落語としての哲学」(法政大学出版局)

落語、に惹かれ
買ったものの
その内容の哲学ぶりに
そして荒唐無稽な展開に
さすがに途中放棄。
第一部は未開文化の話
ニオング人の話。
うーーーむ。
第二部がかろうじて読了。
柳家小梅なる人物が
筆者と落語的手法で哲学論、
その後に出てきたのが
小梅が書く「気」についての話。
落語的手法なので読みやすかった。
第三部が天下の愚書「ことのしらへ」の
読解を装った言語学も交えての
哲学(だと思う)的内容。

どこまで本当で
どこからが虚構か不明。
そんな人物が本当にいたのか
そんな本が本当にあるのか
それを考えていると
だまされたような気にもなり
しかし書いてあることを
まじめに読めばきっと
なかなかに賢くなるような
平易な文ではあるのですが
何分わたしの求めているものとは
大きく異なっていたので
今回は放棄でした。

決してつまらない本ではありません。
示唆にも富んでいるし
分かりやすさについては
その辺の哲学書の比ではない
庶民感にあふれています。
一例だけ出しますと
「いき、とは
なさけといなせが結びついたところに
うまれた気風であり風俗である」
ああ、いいね、と思います。

法政大の哲学科教授だったという
この先生は、なかなか話の分かる
落語好きの楽しい先生だったんでしょう。
出会って学んでみたかったですね。
posted by 大ねこ at 22:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書の記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月13日

矢野誠一「文人たちの寄席」(白水社)

1997年刊行。
内容は1977年のもの。
もう40年も前の文章。

寄席、とはあるけど
内容的には芸能一般。
しかも当時の噺家や浪曲家のこと、
さっぱり分かりません。

前半は文士たちと芸能、
後半は文学と芸能です。

有名な永井荷風や川端康成は
さすがに知っていましたが
芥川や高見順などはへええ、でした。
森鴎外は予想以上に遊び人だったし
泉鏡花もなるほどでした。
で、なんとなく往年の小説を
読み返したくなる感傷を味わううち
後半、
樋口一葉の明治の吉原風景「たけくらべ」、
昭和に入っての
山口瞳「江分利満氏の優雅な生活」、
堀辰雄「不器用な天使」など
読んでもなかった小説群が
なんとも懐かしい香りをもって
わたしの周りに立ち昇ってきました。

そんな効果はありましたが
肝心の噺家については
あまり知識を得ることは
できませんでした。

ま、やはり、高座がすべて、
ってことですね。
posted by 大ねこ at 18:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書の記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月09日

文藝別冊「ナンシー関 トリビュート特集」(河出書房新社)

2003年の本です。
先日読んだ関さんの
人間性に興味をもって
どんな人となりか知りたくて
古本で購入。

あの消しゴム版画って
彫ったところが黒いのか
不思議でした。
けど、この本文中に
黒白反転してる?みたいな
文があって
ああ、と納得。
版画家としても面白いけど
何よりTV評論家?としての
センスが卓越してると思いました。
生きているときには
変わったお姉さんがいるな、
くらいにしか思わなくて
ちょっと残念です。

今で言うと私的には
マツコさんかな。
センスの良さ、人を根本で
傷つけないところが
似てる気がします。
寸鉄で一刺しグサリ、も。

TVの内容や登場人物で
誰もがなんとなく思うことを
「すっと頭に入る」ように書けることが
すごい、と放送作家で対談もよくなさった
町山広美さんが言うと
同様に対談者のリリーさんが
「モヤモヤしていて「何だったんだろう?」
と思っていることを
「これだったんだ」と確認」できる
文だったと受けています。
ははあ。

「本人たちにとってはほとんど
「素」を露呈させたにすぎないかもしれない
ような事態を、一つの積極的な
「芸」として読み変えることで、
それを娯楽として救い出そうと
したということだろう」
社会学者、長谷正人さんは
小林信彦と対比しながら
TVと関わる時代性の違いを交え、
納得できる文章で書いています。

消えていく文化、
消費される文化、
刹那的な文化としての
TVにある意味をおいた辺りに
彼女の慧眼があるようです。
青森生まれの賢く歌のうまい
お嬢さんだったようで
40前の急逝は惜しいですね
posted by 大ねこ at 21:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書の記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月03日

小林信彦・荒木経惟「私説東京繁昌記」(ちくま文庫)

そりゃあ小林さんの仕事ですから
皮肉な題名に決まってます。
「町殺し」がテーマ。
アラーキーの写真も
それに沿って
古き悲しき東京の写真が
それはそれはリアルに満載。
氏の生まれた東日本橋(両国)からの
下町風景以上に
山の手といわれる青山から
渋谷、新宿、池袋辺りまでの
批判力は半端ないです。

全然江戸っ子でもない私が
云々することはできませんが
銀座批判より
渋谷批判に重きを置く姿勢に
強く同意してしまう。
「パルコの〈文化戦略〉が
成功したのは、〈田舎者が考える
都会のイメージ〉を強引に
押しすすめて、ためらわなかった
点にある」
「これほど生活者の匂いを欠いた
街も珍しい」
そうなんです。
あまりの人工的なこれでもかモード
うんざりしていきたくない街NO.1です。

「東京のように、何かに
追い立てられるかのように
〈街そのもの〉を消費してゆく
都市は世界にもまれ」
地上げの季節の彼の感想ですが
私は今もそう思います。

路地を歩くとほっとする。
高いビルや複合施設に
何の興味もない。
ちょっとした商店街や
坂の上にあるお店がいい。

人形町、
この間落語で寄りましたが
夜だったせいもあって
何も見ていません。
是非また寄りたい街です。
下北沢は興味がないが
阿佐ヶ谷や高円寺は好き。
普通の人々が息づき
高層の少ない街。
いっそ銀座ならいい。
また「田舎者」の私は
街めぐりをしたいです。
東京の懐の深さも
知っているからです。
何をおいても
文化は確かにあちこちに
根付いているから。
よそ者だからこそ分かる
東京の文化臭は
凄いんですよ、小林さん。
posted by 大ねこ at 21:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書の記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月26日

深沢七郎「笛吹川」(講談社文芸文庫)

本日学校は「6年生を祝う会」、まあ
昔の「謝恩会」ってやつですね。
いろいろがんばっていました。
担任ならずとも感動します。
それ以上に裏で働く6年担任。
一番謝恩しなくちゃいけない
はずが、一番忙しい。
変な会ではあります。

深沢七郎、なんて
今の人は知らないんだろうな。
今なら絶対TVにも一杯呼ばれそう。
そういう風変わりなおっさんです。
ミュージシャンでもあり作家、
時に今川焼きも焼いていたな。

本書は武田信玄と勝頼の時代、
山梨は笛吹川(作家の出身地)の
集落の人々の六代記。
生まれては戦いにとられ、死に、
また生んでは死んでいく。
ただその繰り返しの物語。
救いもなければ思索もない、
ただただ淡々と、
この時代の庶民は
こんな生き方しかできなかった
であろう「事実」のような小説。
途中正直少し飽きかけて
しかし何か変化及びドラマが
起きるのでは、と思い読む。
しかし、また永遠のループ。
気づけば終盤、お屋形様が死ぬ。
ただただ翻弄されながら
しかし女たちは気づく。
この愚かしいループに。

英雄、じゃないよな。
やっぱり。
今年の大河「真田丸」、
結局見るのやめました。
きっと見ればはまるってわかってて。
英雄、見なくてイイや。
最近の私はそうなんです。
英雄じゃない、
ドラマなら殺され逝く名もない
大部屋俳優に目がいく。
だったらイイや、っていう。

この読んでう〜むとなる
この小説の奥行きは
小説を越えた何かだと
いささか気が重くなる
読後感でした。
小説ではないが
ルポでもない、
事実でもなかろうが
あまりのリアル。
その時代に居合わせる
幸か不幸か、
生きるとはオマケだと
のたまった七郎さんならでは、
なのかもしれません。
posted by 大ねこ at 22:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書の記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月21日

鏑木蓮「賢治の推理手帳U イーハトーブ探偵 山ねこ裁判」(光文社文庫)

昨日、小学校恒例「6年生を送る会」を
実施しました。
各学年の出し物を今年は多様にしたおかげで
非常に盛り上がり
心に残るものになったと
自負しております。
特活主任としてこうした感動が
生まれることが至福であります。

宮沢賢治は、
本当に昔は好きじゃなかった。
けど
この仕事に就き
いよいよ好きになっています。
今年も1年生に「雨ニモマケズ」
暗唱させています。
意味も分からず語感だけで
覚えるのがいい。
やがていつか数人の子が
あんな詩覚えたな、
と懐かしんでくれたり
ちょっと賢治の作品でも
読んでみるかとなったり
してくれたら教師冥利に尽きる
というものです。

本書の魅力は謎解き、ではなく
賢治のたたずまいや
息吹を感じることにあります。
また親友の嘉藤治=カトジの存在の
リアル感にあります。
きっと本当の嘉藤治も
こんなふうに賢治に翻弄され、
でも大好きで
いつもついて回っていたんだろう、
と想像されます。
また、それがウソだとしても
本書のような世界だったと
信じるほうが賢治をもっと
好きになれる気がしてくるのです。

謎のほうもそこそこ「ほほう〜」と
思える仕組みになっていて
納得できますが、
なにしろミステリーを期待する向きには
不向きな本です。
ちょっとした情報だけで
ケンジは解いてしまうからです。
それよりも興味深いのは
事件の発端、原因ですね。
当時の岩手、賢治のいたあの時代だからこそ
起こりうるような事件、だから臨場感があり
ストーリー的には
どうってことのない展開ですが
つい、また読もうと思わされるのです。
つまるところ
賢治好きなら読んで損はない本です。

今回からちょっと
字を大きくしました。
自分の老眼?に優しく。
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2016年02月18日

ナンシー関、リリー・フランキー「リリー&ナンシーの小さなスナック」(文春文庫)

書評の前に。
自民党の傲慢さや愚かさの露呈が続きますが
本気で皆さん、考えないと、です。
こんな庶民不在の政治に訣別をしよう。

さらに。
介護職の男が老人をベランダから落とした事件。
何と言い訳しようが人としてお前は間違っている、
というより他はないのですが、
それでもあえてここで介護職のしんどさは
声を大にして伝えたい。
わたしの近い知り合いが介護職なんですが
本当に世の中の底辺の仕事をしています。

例えば教職は人を教え導いてお金をいただく。
それなりの評価と報酬が保障されています。
例えばキャバクラなどの接客業は人を喜ばせて快楽を提供し
それに応じた報酬をいただく。
どちらも「人」と関わって「人」を喜ばせてお金を貰う。
介護職も同じように
自分で動けなくなった老人の介助をして
報酬を受け取る、これも「人」に関わる尊い仕事です。
なのになぜか報酬が見合わない。
安すぎるのです。
医師や看護師はそれなりなのに
介護職はその労働に対しての報酬が低すぎる。
実態です。
金が足りなければ人は職に対しての誇りは持ちにくい。
じゃあ別の仕事したらいいじゃん、という人は
世の中を知らなさ過ぎる。
介護職でテンション下げ下げで働く女性は
他の仕事につけない人が多いのです。
40過ぎの女性で専業主婦だったり資格がなかったり
パートではやっていけないから正社員で、と
ハローワークで仕事を求めても
ないのです。
若い綺麗どころの姉ちゃんが結婚までの腰掛で
割のいい仕事持ってちゃうわけです。
企業側は報酬をより低くしたいから
世の中の酸い甘いを知るおばちゃんだと
お金がかかるから若い姉ちゃんを2〜3年交代で雇うほうが
安上がりだからです。
おばちゃんたちは10年単位で働きたいからね。
そんなこんなで事務職など、簿記ができたぐらいじゃ
おばちゃんは雇ってもらえない。
PCの技術がばっちりあるのに資格がないからという理由で
やっぱり雇ってもらえないのです。
するとすぐに手にできる仕事は介護職なんです。
なり手が少ないから。

あの殺人者には怒りしかないものの
介護をしている人はきっとその気持ちは
とても共感できる、それが事実でしょう。
みんなこらえてこらえて老人の意図しないわがまま
(老人本人もわがままをしている自覚がないから介護が必要なんです)
を、甘んじて受け、今日も笑顔を搾り出して
働いているはずです。

みんなきっと必ずお世話になりあう大切な仕事のはずなのに。

これが豊かなニッポンとやらの
本当の姿だと感じています。

せめてさあ、働く意欲を高められる程度の
給料は渡そうよ。
くだらない賄賂渡しあう金があるんならサ。

で、やっと本書の話題。
ナンシー関さんは消しゴム版画の達人。
39歳の若さで亡くなったんだよね。
リリーさんとの対談は「クレア」に連載していた。
連載中のある時に亡くなった。
本書で読む限り
非常に常識のある女性で、研ぎ澄まされた感覚があり、
料理上手でカラオケ好き、車の免許も頑張って取った、
何に対しても好奇心があり、軽い口調であっても
言うべきことは言っている人ですね。
リリーさんは、このときからよりいいオッサンになり、
イラストレーターというよりは俳優だったり
音楽ちょいヲタだったりの側面が
最近は強くなってきましたね。
思ったとおり変なオッサンで
やっぱり好きです。

まあ、話題はどーでもいい話ばかりですが
二人の対応が面白く、結構まじめに読みました。

今度はナンシーさんの著作
読んでみたいと思いました。
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2016年02月12日

梶山季之「せどり男爵数奇譚」(ちくま文庫)

学級閉鎖を経て
こどもたちは元気になりました。
今日は区の教育研究会の発表会で
話合い活動1年生、別の学校の先生が
素敵な授業を提供してくれました。
一つの教師側の行事が終わり
いよいよ年度末、
通知表やら来年度の計画やら
日々多忙な毎日を送っております。

さて、梶山季之、獅子文六と同様に
当時の売れっ子作家でありました。
ポルノ紛いの小説から雑誌のトップ屋としての
麻雀も玄人はだし、純文学も書いていた作家です。
「黒の試走車」などは社会派でかっこいい。
しかしいまや文庫でも見かけなくなった。
時代と共に寝た作家、という立ち位置でしょうかね。

古本屋を営むせどり=古本の全集の一部をばら買いする人。
古本を愛し、金になるかどうかを値踏みし
様々な書物狂との出会い、
古本の奥深さを知る情報小説の態でもあります。
題名は麻雀から取ってます。
筆者(ご本人でしょう)がよく出会う男爵から聞く
ビブリオマニアたちの面白おかしい、ばかげた話の数々。
最後の章は人の皮を使った装丁家の話で
さすがに引きましたが
澁澤竜彦ばりの変態的な内容で
昭和の40年代でしょうか、怪しい裏社会の
匂いがぷんぷんしました。

ちなみに解説の永江朗さんが書いていたことは
私も同感です。
新古本屋(ブックオフ的な)は新刊に近いほど高く
昔のものほど安い。
だから古本屋の方々は100円均一からお宝を発見して
買い取り、自分で神田なんかで売ると
10倍20倍になるようです。
私もあえての「100円本」を見て回りお宝を探すのが好きで
そのためにいくようなものです。
実際、ブックオフで100円で
同じ本が神田では500円くらい、というのを
1度ならず見ていますから。

本は、いい。

そろそろ我が家の在庫が減ってきたので
仕事が一区切りしたらまた神田、行くぞ。
posted by 大ねこ at 22:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書の記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月06日

東直己「名もなき旅」(ハルキ文庫)

昨日まで学級閉鎖。
初日はブログに表したとおり
すること一杯で充実。
2日目は既に教室に行っても子供がいないことの寂しさ募り
3日目には飽きて、他の教室で学活やらせてもらいました。
3年生の教室で話合い活動。
とても充実しました。
やはり授業したがる自分がいて
事務仕事は向いていないとつくづく実感。
3日目には各家庭へ連絡を入れて
復活の確認。月曜日からまた頑張りましょう。
自分の風邪も後もう一歩。

本書は19歳の出帆(イヅホ)こと優美(ユビ)が
トラブルシューター折井の元で働き
引き受けた仕事の話。
ミカド食品の社長、香奈を札幌から
1週間離れさせて社長辞任のクーデターを成功させる
その段取りを担う。
人たらしの「力」をもつイヅは
見事に香奈に取り入り
札幌から北北東への鈍行の旅へと誘う。
旭川、音威子府、そして架空の地へ。

中身はロードムービー状態で
ストーリー本編とは直接関係のない
訓話やエピソード満載。
中華丼の話。ストリップ劇場の話。
香港スタンレーでの「闘犬」のような話。
イヅ自身の折井に出会い折井と働く話。
その土地土地の飲み屋や駅の話。
鈍行列車の風景の話。
最後のほうにやっとサスペンス的な要素が
出てきて、イヅと香奈に危機が来る。
さくっとそこは終わって
イヅ自身が香奈に惚れていくくだりで
胸がキュンとなって
大団円。

名作でもなんでもないが
読むこと自体が楽しい。
東さんの小説の醍醐味がぎっしり。

人がいて、悲しくて、愚かで
でも可愛くて、愛おしい。

読んでよかった。
北海道伊達に5回行ってない。
大体地図が分かる。
だから余計に面白いのかもしれません。

北海道の電車旅行ってのも
してみたい。
北海道新幹線も開通するし、
もうちょっとしたら自分のための
「北海道 名もなき旅」やってみっかな。
posted by 大ねこ at 19:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書の記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする