2016年11月05日

学芸会、そして展覧会

1,2,3日、学校で学芸会、正しくは学芸発表会を
無事に終えてきました。
我が所属する地域は学芸会があります。
担当の一年生は私が書いた脚本。
日本の四季を詠う芝居です。
ま、簡単に言うと古今東西さまざまな詩人が書いた
詩を、四季に分けて詠む(演じる)もので
「にほんごであそぼ」のパクリとも言えます。
あはは。
でもそれなりに格調高く楽しいものに仕上げたと
自負しております。
2年生は賢治作品の音楽劇。
3年生は地域の言い伝えを落語タッチで描く創作物。
(私の落語の指南者の先輩先生が創りました)
4年生はオーソドックスな群像劇。
5年生は難しい民話劇にチャレンジ。
6年生は劇団四季の作品。
特番支援学級は「じごくのそうべえ」。
それぞれどの学年も、主任がセンスあって
捨てのない素晴らしい作品でした。
我が校のレベルの高さは自慢できます。
さまざまな学校でやって来た私が見て
かなりのレベルだったと思います。

そして今日は前任校の展覧会参観。
ダイナミックで四月から取り組んで来たんだろうと
想像できるダイナミックな作品でした。
ちょっと私の好みではない作風もありましたけど
それは子どもの技量の問題ではなく、
専科の先生のセンスや年齢が自分の志向と
異なっているというだけの話です。

6年生は教えた子達で
何人かとあえてうれしかった。
当時と変わらない笑顔が大きくなったくせに
とても可愛かった。
なかなか荒れている部分もあるらしいですが、
結局彼ら彼女らの言い分は
いい教師なら言うこときくってことです。
そりゃつまらない授業を受けて
約束を果たさない教師と四六時中付き合うんですから
文句の代わりに良くない態度にもなりますね。

教える側のレベルアップがやはり急務だと
思った一週間でした。

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2016年05月28日

運動会。

とてもいい曇天模様で
暑すぎず寒すぎず
コンディションは最高でした。

現在の勤務校は大変人材がよい。
まず校長が人格者。
こどもを徹底的に大切にする。
特別支援関係に造詣が深い。
尊大さがなく気軽に声がかけられる。
だから教員が働きやすい。
腹立つ人もいますが
協力体制は万全なので
自然と子供たちも育つ。

そんな中での運動会。
この区の中では超大規模校にもかかわらず
整然と、かつ、仲良くイベントが行われます。
やんちゃはいますが目立ちません。
どの演目もひたすら応援応援。
所謂表現種目もどの学年もクオリティが高い。
1年 ノリノリの可愛いダンス。
2年 関ジャニの踊りを生かしたダンス。
3年 花笠音頭。実に腰を落として巧み。
4年 エイサー。声も響き足が上がりカッコイイ。
5年 南中ソーラン。踊りの質はいまひとつなれど
  勢いとやる気を感じる。
6年 組体操。昨今の事情をかんがみ
  ピラミッドなどの大技はなくなり
  その分ウエーブの美しさは素晴らしい。
運動会の花形リレーも接線で盛り上がる。
開閉会式も整然と美しく。

5,6年の仕事もてきぱきと的確に。
何故そうできるかというと
教師集団のよさだと断言します。
校長の期待値の高さ、
それに応じての教職員の利害を超えた団結。
組織はそうしてよりよい域に達していきます。

そんな組織に所属できて
仕事の多さも頑張れる、という仕組みです。

その一端を担いつつ
打ち上げ会でみんなで楽しんできて
今帰ってきました。
明日明後日は休み。
すべて忘れてのんびりします。
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2016年04月07日

4年連続1年生担任。

本当に4年連続1年生担任で、
いつまでたっても「ふりだしに戻る」
すごろくゲームみたいな感じです。
とはいえ
1年生から2年生の1年間ほど
急カーブで成長する時期はないですね。
そこに関われる醍醐味はありがたいものです。
でも
持ち上がって2年生まで完成させる喜びも
また格別なんですが、
校長から「ミッション!!」と言われてしまえば
宮仕えの身、ぐぬぬぬ。

昨日の入学式は
桜の冴える素晴らしい春のよき日でしたが
本日は雨雨雨。
傘の花が咲きました。
顔と名前も一致しない小さな1年生、
下校のときの集合は地獄を見ました。
きちんと並べないし
家に送り届けたいし
私の方がどきどきの1年生でした。

初めての字を書き
間違えたといっては落ち込む子や
飄々と時間を気にせずやる子
いちいち事細かに聞きに来る子
個性を感じます。
様々な過去や、様々な性癖、
様々な背負っているものもある子供たち。
子供だからこそその背負いを
わたしたちは忖度し
引き取っていかなければなりませんね。

厳しくやさしく
また1年間、付き合って生きたいと思います。
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2016年04月02日

30ン回目の新学期。

桜も満開になり
様々な嫌なニュースも満開の中
学校は新学期となりました。
慣れ親しんだ方々と31日にお別れし
ニューフェイスを迎えての昨日、
それはそれは多忙を極めました。
入学式まで3日間しかないため、
5日分の仕事を3日で行うことになります。
非常に、非常に、ひっじょーーーーーに!!
忙しかったです。
うううう。

そして今日も
結局自宅で仕事していました。
うううう。

でも。
また新しい子供たちに会える楽しみ、
また「何やろっかな〜〜」的な楽しみ、
同じような内容でも今度の子達は
どんなところでどんな反応するかな〜的な楽しみ、
わたしの心の中で、満開です。

残すところ後4回の現役時代、
なんだかとても大切にしたい気分です。
新採さんのお世話もあるようで
いろいろ伝えていきたいこともありそうです。

今年度もお給料分
しっかり働きます。

にしても、
世の中の政治的な何かのキナ臭さ、
どうにかしないと、という危機感
半端ないですね。
選挙で真剣に皆さん考えましょう。
どうせ、は捨てて
ほんのちょっとの可能性のほうに
投票しましょうね。
戦争だけは、絶対にいかんですよ。
平和ボケで、何が悪い。
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2016年02月03日

学級閉鎖。なのに仕事はあるもんだ。

いやいや。
突然やってきたインフルエンザA型の猛威。
金曜日、1、2年生で楽しむ企画があったのが
どうやらいけなかったらしい。
月曜日、連絡帳の山。
発熱、で9名の休み。
翌日はすべてインフルと判明。
本日より3日間我がクラスは学級閉鎖であります。
ありゃ〜〜。
学級閉鎖など実に久しぶりで
今日から3日間何して過ごそう、なんて
のんきなこと考えていたのは朝のうちだけ。

まずは来年度の自分の分掌に関わるあれこれの書類を
製作し始めたら
あっという間に時が経ちました。
おかげで残業してやることがほぼ終わったので
よっしゃ〜〜!!
その後子供を帰した皆さんと合流して
職員会議。
職員会議の後は何かとまた後追い仕事があるのが定石で
それを片付けて今日は定時退勤だ!!と思ったら
朝方私がつぶやいたことを真にうけてくれた
若者が「学活お願いしていいですか?」との依頼。
「多分暇だから学活指導してもいいよ」なんて言っちまった。
当然打ち合わせしないとなので
定時過ぎから延々打ち合わせ、
その後指導に必要なもの作成。
ついでに「まだ残ってる?」と教務に存在がバレ、
来年度の年間予定の確認や打ち合わせ。
気づけばいつもの時間に・・・。

まあ、そんなもんだ。

自分も久々の重〜〜〜い風邪っぴき中。
風邪薬のあれこれをお試し中なのですが
(ちなみにわたしにはSATOの赤箱、白箱、黄箱のが効く)
(しかし現在たんが絡むので杏林の去痰ソフトカプセル)
つまりは絶不調なのですよ。

教員ってねえ、本当に見えない仕事が山積みです。
明日はその授業の指導案の確認と子供たちへの事前指導。
我が学年で使うプリントや宿題の印刷。
他のクラスへの応援。
明後日はあゆみ(通知表)に着手しようか、という辺り。

子供がいなくても
やることってあるんだなあ、と
改めて感じ入りました。
しかも、来週学級が戻れば戻ったで
持ち帰らせたもののあれこれを処理しなくちゃで
それはそれで今から憂鬱です。
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2015年12月20日

研究発表会

学芸会とか音楽会とかとは違いますよ。
教師側の発表会です。
国とか都道府県とか地方公共団体の主催、依頼による
教師側が2年ないし3年かけて「研究」したことを
お世話になった講師の先生を招いて講演をしてもらったり
自分たちが何をしてきたか口頭発表する会です。

とはいえ参会者のほとんどの目当ては
現場教諭でしたらやはり当日の研究授業でしょう。

その研究を通して子供たちがどう育ったか
それぞれの教室で実践される授業を
参観させてもらって明日の授業への
ヒントを貰うっていうやつです。

日にちも伏せますし
何を研究したかも伏せますが
国語系で、言語系とだけいっておきます。
国語系といっても行う授業はフリーで
私は特活、話合い活動を行いました。
1年生でも十分に話合い活動はできます。
そこにどんな仕込みや支援や事前の準備をしているか
見取っていただければ
当日は全くこども主体の授業なので
まさに言語を操る様を見られるわけです。

結果としてはよかったです。
若い先生方にも
やり方を見ていただけて
ちょっと満足できました。
とはいえ
やはりそこは研究授業日。
日常とは微妙に雰囲気も異なり
ちょっぴりですが「やらせ感」は
ありました。

いかんですな。
これが全て日常となった時
本物だろうと思います。
まだまだ修行です。

授業に伴う環境整備(学校の中を綺麗に)が
疲れました。
ひとまず終わり
冬休み前の保護者面談がまだ残ってますが
やっと一息つけそうです。
(そうはいっても遊び歩いている、っていう突っ込みは無用)
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2015年11月01日

特活が学校を変える。

たまにはまじめな仕事の話を。

先日学校で「お祭り」を行いました。
今まで本校にはそうした子供達主催のお祭りが
ないという、不思議な学校でした。
PTA主催はあるのです。
これでは本当のこどもの力が伸ばせない
そう思って、校長にまず声をかけたのが
1年前。
お祭りに関わる委員会の発足の企画から始めました。
お祭りの要点は
1 クラスごとのお店を出す
2 1時間でクラスの半分が店を経営し
 残りの1時間で残り半分店を経営、
 遊びに行く時間を1時間ずつ確保する
3 オープニングとエンディングを委員会で
4 お店周りに使うマップも委員会で作成
5 お店は2〜3分で周れる内容にする
 たくさんのお店に行ってほしいので
6 全責任は私と関わる委員会の先生方で

私の頑張りと先生方の協力と
子供達の乗り気で大成功でした。
6年生あたりはちょうど私立中学校の学祭に
行ったりしていて興味を持って取り組みましたし
1年生も楽しいことなら何でもやりたいわけでノリノリ。
残りの学年もそれぞれの発達段階に見合った
工夫したお店でお客をたのしませていました。

学校に潤いを。
そして自治の力を。
やりきった子供達の顔は明るい、笑顔満載。

日本の政治が不透明すぎて
気に入らない流れで
仮装だけで楽しむようなハロウィンが席巻している。
大人がつまらない。
子供が面白い。

育ててあげましょう。
いくらでもしたがります。
機械とではない、人のふれあいを
たくさん体験させてあげましょう。
挨拶返事、反応を返す、の基本は
生活指導からではなく
特活から。
お祭りのときの対応する声、誘う声、笑う声は
自然にあふれてくるものだからです。
学校は変わります。
ほんの少しの、遊びの要素を入れるだけで。
人とのかかわりを大人が設定するだけで。

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2015年09月06日

いじめゼロ宣言は、まず大人から。

オリンピックエンブレム問題。
デザインや広告って、コピー、が原点。
著作権問題も分かった上ですが、
当該の製作者の資質や考え方はさておき、
騒ぎすぎ。いい大人が騒ぎすぎ。
そして、ターゲットにして喜んでいじめている。
情けない。
叱るべきは製作者じゃなくて選考者でしょう?
製作者は作ったに過ぎない。
選んだ人間、あるいは選考の仕方、裏に見え隠れする政治力、
が問題なんではないんですか。
そもそも東京オリンピック、誘致なんてしてほしくなかった。
その人間からすれば
何たる茶番をいい大人が叫んでいるのか、と。

戦争法案反対の運動。
デモも随分増え、芸能人も学者も弁護士も動いています。
民主的な手続きを踏んでほしいと
民は叫ぶだけです。
それらをニュースは、雑誌は正しく報じていますか?
ある雑誌の見出しには
「主催者発表と警察発表とは参加人数の誤差あり」。
要はそんなに参加してないのにさ〜、という
ムードで参加者を揶揄するような
軽薄な、くだらない論評をする。
そういうことじゃないよね。
今の政府の強硬姿勢に普通の人たちが
異議申し立てをしているんですよ。
それをメディア側が揶揄するとは
御用雑誌と言われてもやむを得ないでしょうね。
そういうのも、民主制に対するいじめって言うんです。
メディアは大局だけでなく
政治のマイナス面をきちんと報道すべきなのに
NHK9時のニュースもだめですね。

劇団員の殺人事件。
「劇団員」という呼称で煽る。
それ、何気に差別行為ですね。

なんだかね。
大人がいじめを助長しているのに
条例で「いじめゼロ宣言」とか、
ちょっとブラックユーモア入ってますよ。
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2015年09月01日

雨雨雨、の9月開始。

新学期、とはいいません。
2期制なのでまだ1学期です。
宿題もしっかり終わらせて
(親が頑張った、でもそれが大事)
1日から5時間授業をしっかりとこなし
下校のとき「疲れたでしょ」と問えば
「うん」と素直に答えるこどもたちが
やっぱりなんとなく好きだな。

1年生だけど
当番や係活動にも慣れ
自分たちで係も決めて
譲りあって仕事を決め
1時間で係発足ができるようにもなって
ともあれ出だしは上々。
一人親が外国籍のお子さんだけ
「自由研究」の意味が分からないのか
単に怠けなのかやってこなかったんで
「今日やってきてね」という私。
さて、明日どうなるかな。

仕事が再開される(夏休みは研修と事務仕事、指導案作り)
のは、いつも気が重いのですが
まあ、始まってしまえばそういうものなので
また4ヶ月、車輪を回して進むことにします。
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2015年06月30日

支え、支えられる。

もうン十年前の教え子さんから
心温まるお便りを、先日受け取りました。
手紙、と言うものも、久しぶり。

さらにさかのぼることン十年前の
中学高校時代の友人と
いまだに互いの誕生日のプレゼント交換を
しているのですが、
その方と年に1,2度手紙のやり取りするのが
精一杯の日常になってしまいました。
〈年賀状や暑中見舞いは別です〉

そんな中の久々の私信。
書かれてある内容はこちらがびっくりするほどの
昔に行った国語の授業についての感想でした。
「やまなし」「野ばら」「大造じいさんとがん」・・・
往年の名作なんですが、いまや消え行く物語です。
それらの内容をいちいちしっかり覚えていてくださる上に
それぞれの主題などの話題にも触れてくださり
授業の感想なども書き添えてありました。
今、その方は2児のお母さんとなり
わが子が学校にも入り、
改めて小学校の学びに思いを馳せてくださったようです。

へこみがちな日々
慢心しがちな日々
ルーティンワークに陥りそうになる日々
改めて背筋を伸ばさせてくださいました。

あの頃は彼女を支えていたつもりだった。
今は私が支えてもらった気分です。

こんな仕事、通り過ぎる駅のような仕事、
何を馬鹿みたいに真剣になっちゃって、
叱ったら叱ったで保護者に叱られ返されるような
なんだかなあ、の仕事、
そんなことなかったね。
きっとどこかで、誰かが、ありがとうって
いってくれてるんだね。
こちらこそありがとう。
こんなに胸が一杯になっていくことに感謝。

その手紙は、今
私の職場の引き出しに入れました。
自信をなくしたとき
落ち込んだとき
励ましてくれそうで
お守りのような気持ちで入れました。

支えられています。
本当に、たくさん。
いろんな人に、ありがとう。
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2015年04月03日

予想はしていたが。

4月に入り
3日間で1週間分の仕事をした感じです。

今年は水木金の3日間で
6日月曜日の入学式のための
準備をし尽くさねばなりません。
入学式の準備とは・・・
補助教材の選定と注文と荷解きと分類、箱詰め。
各種書類の製作と推敲、印刷、分類、袋詰め。
新しく組んだ学年メンバーとの意思疎通と
公務分掌の確認、年度初めの仕事の分担とその遂行。
体育館の式場の整備と諸準備、確認とやり直し。
入学式の流れに向けての準備とリハーサル。
学童の先生や臨時講師の先生方との顔合わせ。
入学する子どもたちのクラス分けの諸仕事。
その膨大な事務処理、公務処理、
今年度のメンバーはよく耐え連携して頑張ったなと
今日を終えて改めて感心しているところです。
さすがに個人の仕事まで手が回らず
久々にどっさり抱えて家路につきました。

ゲップがやたら出て体調もいまひとつです。
(逆流性胃腸炎?)
それでも今日は旧知の友人と
夜は2人で飲み会。
体は疲れていましたが学校を離れて
喋ることがリフレッシュにもなりました。

1年間の始まりは終わりよりは楽しいのですが
この3日間で終えるのはさすがにハードでした。
普通は5日間あるんです。
全くゆとりはありませんでした。

ただ救いは桜です。
通勤で途中から自転車をこぐのですが
その道中に2〜30本の桜の樹があって
満開満開、そして花散らしの風。
アスファルトに花びらのじゅうたん。
思わず目が上になりながら
見とれながらゆるゆるこぐ3日間でもありました。
夜にもこぐのですが
その時にはまさに夜桜。
明かりも少ない通りなのに
桜の花でほの明るい。
またその美しさは狂気の沙汰です。
ほっと異世界に行く数分です。

花見、という所作は好まないのですが
この3日間予想はしていたものの
それ以上の労働と
咲き誇る桜の美しさの「花見」に
乖離を感じつつ
ともに予想外の感情が沸き起こり
ともあれ今日も充実して生きているのだなあ、と
何ものかに感謝をするのでした。

明日は整体で疲労回復。
そののち、無償の「残業」です。
年収1000万越えではありませんよ。
為念。
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2015年03月24日

春一番は来なかったけど。

桜の開花宣言も聞こえて
今日はちょっと寒かったですが
確実に春がやってきていますね。
うれしいな。
沖縄の辺野古問題やチュニジアでの邦人殺害、
現政権の強権ぶりなど
悲しむに値する話題も数多くため息が漏れる日々ですが
春はやってくる。
その季節だけは楽しみたい。

1年生との1年間が終わりました。
本当に長い教師生活の数回ともいえる
楽しい学年でした。
1日も行きたくないと思わなかった
子どもにも保護者にも同僚にも恵まれた
1年間でした。
もちろん日々課題はあり
悩みも多かったものの
無駄な気遣いをせずにすんだ1年。
なんといっても保護者が皆さんご理解があって
好きなように指導が出来ました。
こんな素敵なこと、あるんだなあと
感謝の気持ちで一杯です。

4月からの学年も校長から聞かされ
ああ、と納得しています。
その辺はまた4月書きます。

困った行動があったとき
個別で指導するわけですが
そのことを当然として受け止めてくださる親御さん。
当たり前と思うでしょ?
それが最近はそうではなくなっているんです。
よいことはよい、間違いは間違い、
うそはつかない、人の失敗を受け止めあう、
そんな基本が通じなくなりつつある昨今でしたから、
その当たり前が通じたことがこんなにも嬉しい。
子どもも当然よく育っていく。

来年度はまた様々リードする立場になります。
頑張って今年の流れを絶やさないようにしたいと
春の香りの中
ささやかに決心するしだいです。
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2015年03月08日

なめたらいかん!

もうすぐ修了式です。
今年は本当に楽しい学年学級でした。
新しい学校で不安も大きかったですが
今年の保護者も児童も実に常識があり
こちらの思いをまっとうに受け止めてくださり
大きなトラブルも無く
(日々ドラマはありますし、中には困ったちゃんもあります)
とても「教育者」としてストレスが無く
まじめに仕事にいそしめました。
学校そのものには課題も多いのですが
管理職もまっとうなので
「登校拒否」な気持ちにはならなかったです。

先日1年生ながら大縄跳び3分間118回をマーク!
よくがんばったと思います。
学級会も上手に運営し
集会の司会や企画もみごとです。
学習の成績もまずまずで
来年以降の担任が心配なくらいです。
もうこんな豊かな活動はできないかも、と
不安になるくらい気持ちのいい1年でした。

それで今日はその教え子の一人が所属する
地域の合唱団のコンサートにご招待され
伺うことにしました。
休みなのに、
学年末の仕事でここのところ連日遅いのに、
と、実は少々面倒な気分でした。

何が何が!!
なめたらいかんです!
実に上手でした。
気持ちのこもった合唱の数々、
ああ、これなら卒業式に使える、とか、
こんな動きを入れて歌わせたら確かにいい、とか、
教育活動へのヒントもいただけたし
何より1年生なのに大きな声でにこやかに
歌うその少女を見ていると
クラスにいる時とはまた違う
かわいらしさがあって
なんだか胸がキュンとなりました。

子供っていいな。
こういうつながりっていいな。
面倒がらずに伺ってよかったです。
こんな温かい感情をもらうことが嬉しくて
30数年間この仕事をしてきた気がします。

まもなく大震災から4年。
福島の苦難は一つも終わっていない。
ISの問題もさりながら
アベさんの右傾化大暴走に憂鬱なこの頃、
子供たちも命の重さをネットやラインで量るような
そんなうら寂しいこの頃、
やはり足を運ぼう、あちこちへ、と
改めて京浜東北線の車窓から景色を眺めながら
そのように思うのでした。

街へ出よう。
人に会おう。
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2014年12月16日

朝日新聞「新聞と「昭和」 下」(朝日文庫)、後、研究授業終了。

えっと、本のほうは読み終わったというだけで
何の感慨もありません。
船橋洋一さんとかそうそうたる面子の執筆で
あるにもかかわらず
読み終えて何の感想ももてない。
新聞記者としての自戒はありますが、
肝心の真実についての言及はあったろうか。
政治記者が、または、経済記者が
何らかの圧力に屈する様子が
全く伝わらない。
われわれ一般庶民が望む真実とは
誰が嘘つきで誰が本当のことを言おうとしているか、です。
読み取りにくい事実報道で
伝えたふりは困ります。
ま、そんな感想です。

で、久々の研究授業しました。
国語で「詩を読もう」という単元を創設して
一人で読むより面白い、
一人で読むより楽しい、
一人で読むより自信がつく、
一人で読むより学べる、
そんな群読に挑戦しました。
子供たちも笑顔、講師の先生も笑顔、
参観の先生方も笑顔、
それだけで成功でしょう。
もう何回もこの手の研究授業してきました。
後何回するのだろう。
授業はライブである。
その信念だけでここまで来ました。
いいライブでした。
満足です。
そのために1年間、4月から準備してきました。
今日という日をいいライブにするために
準備は怠りません。
研究授業とはその日のものではないからです。
ミュージシャンも落語家も漫才師も俳優も
一緒ですよね。
今日だけいい授業、なんていわゆる傲慢でしょう。
そこだけはがんばったと
自分を褒めたいと思います。
後は、子どものおかげ。
子どもたちがよく私の手のひらで
意図をくんで楽しく踊ってくれました。
やがてそのステップは
自分のオリジナルになると信じています。
教師が出来るのはそこまでですから。

はい、お疲れ様でした。
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2014年10月09日

最近思う、教育のキモ。

疲れてるんで短いですよ。

若い人の研究授業を見ると最近感じるのは、
教材の工夫が素晴らしいこと。
よく努力してますねえ。
新しい教材や、どこかで学んできたことや物を
上手に取り入れて授業しています。
でもね。
子どもの反応がいまひとつ。
なぜでしょう?

考えられる理由は2つ。
1つ目は
指導案どおりにしたいがために
教師側の話や説明がくどい。
そのくせ時間通りに終わらなきゃならないので
結果、子どもの作業や思考タイムが減る。
更に
「他にどんな方法がある?」とか聞きながら
言わせっぱなしで、結局自分のしたい方向で完結する。
言った子供はけっこうドッチラケですよね。

2つ目は
普段の学級経営が出来ていないがため
思考したことを話合って深める、なんて企画しても、
話合ったことがないんだから、話が出来るはずもない。
日常的に話合うことがなければ
授業中だけ話合うなんてことは
奇跡が起きない限り有り得ない。
結局、恒常的な話合える風土や土壌作りが一番なんです。
学級作り、よく学級経営とか特別活動、という
分野で行われることなんですが、
これが全てです。

その風土作りをしてからの授業だと
本当に最近強く思います。

あとね、研究授業に招聘される「講師」つー偉い人が
いるんですが、この人たちにも2通りあるんです。
教室の後ろに設置された椅子にどっかり座って
授業を見る人と
担任教師と同じように教室の前の方に立って
子どもの表情をうかがいながら授業を見る人。
信用できるのは
絶対に後者です。
後ろで見ていて、なにが分かるんでしょう。
まさか自分も授業を受けているわけでもあるまいに。

ま、所感ですが。

以上、簡単ではありますが
授業のキモでした。

また台風来るんですかね。
昨日の皆既月食、よく見えてよかったです。
posted by 大ねこ at 21:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 小中学校教育を考える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月01日

道徳と特別活動のコラボについて。

教育について
久々に書いてみたい気持ちになりました。
それは昨日今日の研修会で感じたことです。

杉田洋先生という文科省の初等中等教育視学官が
いらっしゃいます。
元は埼玉県の先生でその後主事から文科省へ、
特活畑ではもう神のような存在です。
この先生はじめ
特活の火を消してはならないという
熱い思いの方々のおかげで
文科省がやっと特活の指導方法と意義についての
リーフレットを無料公開しました。
「特別活動 リーフレット」または「指導資料」で検索できます。
是非たくさんの教育関係者の方に見ていただきたい。
(各校2部は配られていますが、校長あたりでストップしている
学校が多いかもです)
この方が話す講演会はもうその都度涙目になる
心に響く「教育論」なのですが
今回お話になったことで先生自身も「ここは!」という感じで
強調していらしたことは
特別活動が実は全ての教育活動の根幹であるから
その活動をきちんとすることで全ての教育活動に
有効である=「汎用論」でした。
また特に強調されたのは汎用の一つ、
教科化されるであろう「道徳」との絡みの話です。

今、9条が危ういのと同様に
日本の民主性そのものが揺らいでいる。
マスメディアの弱腰然り。
政治家の弱腰然りです。
そして戦前と同じく、デマゴーグや噂に弱い
民衆、一般ピープルの曖昧さ然りです。

日本型の教育は絶対に誇るべきだと
主張なさる一方で
今の日本の民主主義の揺らぎにきっと杉田先生も
「憂えて」いらっしゃると思いました。

だから、特活、なんだと。

道徳では心の耕しなどの「価値感」の涵養や意味づけが
おもな学びの内容です。
ぞの実践が特活らしいです。
学級会を運営するなかで道徳的実践が目に見えて
行われ、また道徳を学ぶ中で理解され、という
良い循環の仕組みが成立する、ということなのです。
これを私は特活と道徳のコラボと称したいわけです。

きれいごとの道徳のうちはいいでしょう。
教科化され、特定政党の思うような内容になっていった時
私はこのコラボを最大限に活用しようと決心しました。
つまり。
特活の真髄は「仲間がいてしあわせ」「よりよい生活を考える」
「そのために話合う」「分かり合うために先ず語ろう」です。
妙な徳目が前面に出たとき
それを否定する「個」の思いを語り合えばいいわけです。
(「私」と「個」は違います。
前者は自尊感情のみのわがまま、
後者は公に対して責任を持つ存在です)
自分で自分の尻尾を食らうトカゲ状態になりますが
その尻尾を噛み切ることも可能なわけだ。
だったらこのコラボ、頂かないわけにはいかないね。

つたわるかな?

民主主義を守る方法論が見つかった
そういうわけです。
少し、展望が見えた。

子どもを戦場に送るわけにはいかんのよ。
絶対です。
これはもう信念です。

しかし、道徳と特活のかかわりを見据えた研究を
実践報告で聞いたんですが
これは形ばかりでいただけなかった。
この試みは端緒に付いたばかりということで
今後の研究課題であります。

うん。すこしやる気が出た。
posted by 大ねこ at 21:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 小中学校教育を考える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月02日

夏か!・・・暑かった・・・

今日は代休日。
土曜日に運動会だったので。
平日の休日ほど「おほほ!」となるものはない。
だからといってどーってことはなかった。
音楽聴いて、布団干して、レインコート買いに行って、
ちょいちょい遊んで。終わった。
レインコートは、今、部分的にチャリ通なので
これからの梅雨時対策ですわ。

にしても、夏ですね。暑い。
クーラー入れちゃうもんな。
運動会も「運動会日和」どころか
もう早く終わりましょうよ!というレベルでした。
なのに終了は3時半過ぎてました。
よく子どもたち倒れなかったと感心します。
内容は、まあ、よかったですよ。
思ったより応援もしっかりしたし。
(そりゃ、指導してますから。オホン)
水分、どれだけ摂ったでしょうね。
ペットボトル3本は転がりましたから。
さらに追加で飲んだし、夜は打ち上げでしたから
その際の量も入れると2.5リットルは固いんでは。
飲めるもんですね。

運動会の内容については
云々は避けます。
ただ、一点だけ。悔しいので記す。
とにかく南中ソーランはひどかった。
残念だった。
民舞の意味を理解しない若い教師の増加にがっかり。
あんな手抜きソーラン教えるなら
ジャニーズソングかAKBソングで踊った方がいい。
民舞は、体を通して心を育てるはずだった。
単に流行に堕してしまったことが
歴史を知る一人として、実に遺憾です。
この気持ちをどう伝えるべきか。
難しいです。
否定せず、評価せず、真意を伝えることは
結構しんどいですよ。

暑いですが
朝晩はひんやり。
まだ救われる季節です。
救われるうちに、語るチャンスがあれば・・・。
posted by 大ねこ at 18:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 小中学校教育を考える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年11月25日

久々に明日研究授業

廃案にしたい法案や
辺野古基地についての対応や
消費税の件も含め
政府に言いたい事は山ほどありますが、
今はとにかく明日の研究授業を
きちんと子どもたちのための授業にしたい。
講師の先生がだいすきな方なので
その方にも思いが伝えられる授業になればと
願っているところです。

授業は特別活動、学級会活動なので
私の采配でどうなるものでもありません。
采配があるとすれば、今日までの私のクラスへの対応であって
明日の1時間ではありません。
司会グループへの指導もすみました。
その指導の裏には
何回かの学級会活動の足跡の中で
多くの子どもたちが多くの子どもたちに影響させてきた
何かがあると信じるほかはありません。

ここのところ
信じる、ということに、不信、を
持ちかけてしました。
保護者の対応にも、自分自身の対応にも
子どもの発言にも、です。
何を信じて、何を取捨選択すればいいのか
思い悩んできました。
今も、です。
でも、この学級会活動は
とにかく子どもを信じるほかはないのです。
運営するもまとめていくのも、決定していくのも子どもです。
だから
信じるほかはないし
実は私は信じる中で教育してきたのだと
やはり思うのです。
親の対応で悩むのも事実ですが
やはり私は子どもを信じるしかない。
国語でも算数でもない授業を公開する中で
自信をもう一度呼び戻したい思いもあります。

そうはいっても、なまものの授業。
どうなることでしょうね。
posted by 大ねこ at 20:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 小中学校教育を考える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月13日

感覚的に。

全くの感覚的な実感なんで
もしかしたら全然違ってるかもしれません。
長い経験からくる何となくの実感です。

@最近のお子さんってTVマンガ見ないのでは?
いや、見てるかもしれないけど
少なくとも『木曜7時だ。ポケモンを見るぞ』と
意志をはっきり持って見ていない気がする。
つまりDVDとか地上波でないTV局とかで
見られるときに見ているのではないかな。
夢中になって『絶対あの時間にあの番組見たいから
それまでに宿題終わらせる』って減ってるような。
なんていうか、時間に合わせてそのために必死になることが
減っているのでは、という実感です。
自分をしたい事に合わせるのではなく
したい事を自分に合わせている気がします。
ひいては、相手の都合を考えなかったりする人間に
ならなきゃいいんですけどね。

A漢字の送り仮名が定着しない。
漢字そのものは書ける。
でも、漢字には訓読みと音読みがあって
訓読みで動詞や形容詞などになる漢字は
送り仮名が必要ですが、その認識が意外と、ない。
『月が出。』と結構何回でも間違える。
『三んかい』と何回でも書く。
まあ、まだ習いたてなので仕方がないかと思う反面、
年々この力は低下していると思うのです。
PC社会の弊害なのか、日本語力の低下なのか、
よくわかりませんが、普段から目に触れるであろう
漢字をあまり見ていない気もします。
感覚として捉えてほしいことがなされていない。
都会っ子だからだと信じたいですが
男女問わず虫に触れないことも書いておきましょう。

以上。おもいつきでした。
posted by 大ねこ at 18:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 小中学校教育を考える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月03日

年齢は実際のところ、関係ないらしい。

愚痴が続きますが、ご容赦下さい。
本日は職場の同僚の愚痴。
最近職場の風景。
まずはに君臨する親分とその子分。
タマがちっちぇえええ。
すごくちっちゃい話で申し訳ないんですが
例えば飲み会で「ご芳志」つーやつあるでしょ。
あれって私の感覚では別会計で1万は入っているはず。
なんだけど、うちのは「そこから自分の分出しといて」
おい。それ「ご芳志」か?
例えばなんか子供が事を起こすでしょ。
ちょっと怪我重いかなみたいな時
即救急車呼べって。
タクシー代わりに呼ぶご老人じゃないんだけど。
まあ、なにかあったら「救急車呼びましたけど」って
言い訳したいんだろうな。

パートで来ているような非常勤のおじさん。
教室に入っているんだけど丸つけできないとか、
担任が子供を指導していてちょっとフォローが欲しい時も
指くわえて見てるだけとか、
(言われたら動くけど、その動きもあまり意味がなかったり
動いてくれない方が上手くいったりとか)
頼んだ仕事忘れるとか。ほんとだよ。
でも担任より年上だったりすると
言いづらいよね。
年季だけあるわけだから。

若い子でちょっと問題のある子との付き合いが下手で
いろいろ先輩もアドバイスしてるのに
どうにも改善できず「困るんですよね〜」って、おい。
その子達のせいで、体育とか授業が成立しないって、おい。
子ども達のせいじゃないだろ。

宗教にかぶれてしまった人や
子どもや親のせいにしたがるオバ様、
管理職にへいこらする御仁など。

「熱い指導ですねえ」とか、他人事みたいだったり。
なんだかホントに燃え尽き症候群にならないよう
自分をコントロールする歳になったんだなあ。
とはいえ、私自身も楽したがっているのも事実。
自分の今の状況も好きじゃない。
口は悪いし、誤解はされやすいし、
態度は横柄だし。
うへえ。
自分に跳ね返ってくるっていう事実。

アメニモマケズカゼニモマケズ
ホメラレモセズクニモサレヌ
ソウイウモノニワタシハナリタイ。

posted by 大ねこ at 21:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 小中学校教育を考える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする